@そう云って、全く自然な様子で病室を出て行った。伸子の非難をふくんだ訴えを聞かなかったと同様に。カルテをもった看護婦も同様だった。まるで自分の状態については、何の不満もあるべきようがないというあっさりした感じで出て行った。
彼等のあんまり自然なあたりまえらしさが伸子をおどろかせ、ついで反省をひきおこした。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では、身重の看護婦がいるということは、或る場合あたりまえのことであったのだ。身重になった看護婦が、一つ病院の中でそういう体で大して無理のない部署へまわり、出産休暇まで勤務をつづけるのは、思ってみればあたりまえのことだった。ソヴェトでは働くすべての女が、姙娠して五ヵ月以後になったとき馘首《かくしゅ》されることは絶対に禁じられていたから。馘首によって、彼女と赤坊がうけられる四ヵ月の有給休暇や産院の保障、哺育補助費などが奪われることがあってはならないから。
ソヴェトのそういう女の勤労条件を、伸子はパンフレットでよんで知っていたはずだった。産院だの托児所だのも見学していた。だのに、そういう条件が当然病院の中の看護婦にもあてはめられるという現実をのみこまなかった自分におどろいた。痛い脇腹からしぼり出された伸子の、身もちの看護婦! という何か場ちがいなものに出会ったような感情は、ボリスやあの看護婦の知らない、しかし伸子はその中に生きて自分もそれに苦しまされて来た旧い社会での感じかただった。金をはらって入院している患者が、その金に対して、病院や看護婦に或る程度要求することが慣習になっている社会でのエゴイズムがほとばしり出たと伸子は心づいた。伸子がいままで経験して来た病院というところは、そこで病人がたかい金をとられ、医療に対する漠然とした不信用になやみつつ、自分の病を癒すことに懸命なところだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で病院は、患者が組合だの医療保険だのに後だてされながら病気を治療される場所であると同時に、そこで働いている健康な若い女である看護婦が、首からかけた白い大前垂の下に円く大きいおなかを公然と運び、踵へ重心をおいた歩きつきで、ゆったり働いていていいところでもあるのだった。
この発見は、伸子に、自分の住んで来た社会がどんなに思いやりがないかを思いしらせるといっしょに、驚くばかりの新鮮さで「よそとはちがうソ
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