ス交渉より、もうすこし友情に近い感情がうまれていた。その感情は、ナターシャの側ではごく淡白なもので、むしろ伸子のこころもちが、身重なナターシャの一挙一動に関心をそそられている状態だった。伸子のその感情は、はじめまるで逆なきっかけから成長した。
 入院して五日ばかりたったとき、フロムゴリド教授が、伸子に治療として毎日の入浴を命じた。その午後、車椅子をころがして、
「お風呂へ行きましょう」
と病室へ入って来たのが、いま思えばナターシャであった。痛さでくたびれ、ぼんやりしている伸子の視線に、入ってきた赤い頬っぺたの若い看護婦のおなかがかなり大きいのがうつった。伸子はその看護婦に扶けられて、どうやらベッドから両脚をおろした。が、痛みでどこもかしこも強《こわ》ばっている体ではどうしてもベッドから車椅子に乗りうつる一つ二つの身ごなしがままにならなかった。身重の若い看護婦は赤い頬をなお赤くして、両腕で動けない伸子の体を車椅子へひっぱり乗せようとするが、二人ともが似たりよったりの背たけしかなく、その二人が、めいめいの体にいたわらなければならないところをもっているので、伸子と看護婦とは、からまり合ってよちよちするばかりだった。二つの体が不器用にぶつかってよろけるたびに、車椅子は正直その輪の上でころがって、あとじさりする。伸子は二度三度やってみて、こらえられない痛さから癇をたてた。
「やめましょう」
 泣き声をだした。
「わたしたち、どっちの力もたりないんだもの」
 翌朝助手のボリスが回診に来て、入浴の工合をきいたとき、伸子は、
「看護婦は来てくれましたけれど、彼女は姙娠しているんです。彼女のためにすけてがいるぐらいなのに、どうして、動けない私が運べるでしょう」
 そういう体の看護婦に力仕事を命じたことは不当であるという不満を、はっきり声にあらわして云った。伸子のベッドに向って腰かけているボリスのよこに、当の看護婦が伸子のカルテをもって立っていた。またふたたび、伸子にとってもその看護婦にとっても不便なくりかえしが起らないようにと、伸子はその看護婦がそこにいるのを知って云ったのだった。
 背が高くて、薄色の髪と瞳をもっているボリスは黙って伸子の訴えをきいていたが、訴えそのものには答えず、診察を終ると平静な口調で、
「まだ動くのには早すぎたかもしれないですね。まあ、ゆっくりやりましょう」

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