奄ナす」
と云いながら、ひどく不思議な気持がした。その部屋は全く清潔でなくなろうとするにも、それだけのものがないのだったが、この室におかれているものは、デスクにしろディヴァンにしろ、どうしてこうも小型のものばっかり揃っているのだろう。デスクは、室の広さとのつり合いでおちつきようもなく小さくて真新しいし、ディヴァンにしろ、それがそこにあるためにかえって室内のがらんとした感じが目立つぎごちない新しさと小ささだった。伸子がモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の家具として見なれた大きさをもっているのは、衣裳箪笥だけだった。どこにも悪気はないのだけれども、大きい顔の上に、やたらに小さい目鼻だちをもった人とむかいあっているような、居工合のわるさがその部屋を特色づけている。
素子がこういう部屋を見つけたことについて伸子は、ちっとも知らなかった。パッサージ・ホテルにいた素子は、ひとりで広告して、一人できめて、正餐つき一ヵ月の部屋代をさき払いした。
「ぶこちゃん、失敗しちゃった」
と、素子がノヴォデビーチェの部屋について話したのは、伸子をびっくりさせようとして、素子がノヴォデビーチェの室へ一晩とまって見た翌日の正餐のときのことだった。
「前払いなんかしなけりゃよかった。――すまないけれど、ぶこちゃんあっちで暫く暮してくれよ。入れかわって――いやかい?」
パッサージの室を素子はその日の夕方までで解約してしまっているのだった。
紙のおおいのかかったパッサージの食堂のテーブルに素子とさし向いにかけ、アルミニュームのサジで乾杏や梅を砂糖煮にしたものをたべながら、伸子は、答えのかわりに、べそをかいた顔をつくった。
「だって、そこは淋しいっていうのに――」
「ぶこなら大丈夫だよ」
「どうして?」
「わたしみたいに一日そんなところへとじこもっていなくたっていいんだもの。ぶこは寝るだけでいいんだもの、平気だよ。モローゾフスキーとトレチャコフスキーをしっかり見るんだって云ってたんじゃないか」
レーニングラードの冬宮附属に、エカテリナ二世がこしらえたエルミタージ美術館があった。その厖大で趣味のまちまちな蒐集《しゅうしゅう》をみたら伸子は、純ロシアの絵画ばかりを集めたモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のトレチャコフスキー画廊に愛着をおぼえた。ロシアにおけるフランス近代絵画の優秀な
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