ピオニェールは、ちょっと躊躇していたが、
「あなたの室へよって行っていいですか」
いくらか哀願するように云った。
「ほんの暫くの間。――じきかえります」
伸子も素子も、子供が茶をのみたがっているのだと想像した。
「ピオニェールが、そんなに夜更していいのかい」
そう云いながら結局三人で素子の室へあがった。そのとき素子は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へついた一番はじめの晩に伸子と泊った室、あとでは長原吉之助がオムレツばかりたべながら二週間の余り逗留していた三階の隅の小さい部屋をとっているのだった。
素子の室へはいって外套をぬぎ、もちものをデスクの上や椅子の上においてひと休みするとピオニェールはめっきり陽気になりだした。小さい焔がゆれているような顔をしてトラヴィアタの中にあるメロディーを口笛で吹き、そうかと思うと、ブジョンヌイの歌を鼻うたでうたって、部屋じゅう歩きまわったあげく膝をまげた脚をピンピン左右かわりばんこに蹴出すコーカサス踊の真似などをした。
「なぜ、お前さんはそう騒々しいのかい」
と、素子があきれた顔でとがめた。
「おかしな小僧だ!」
ピオニェールはすかさず、
「僕、いつだって陽気なんだ。ラーゲリ(野営地)で有名なんです」
と口答えして笑ったが、敏感に限度を察して、それきりさわぐのをやめた。そしてこんどは当てっこ遊びをはじめた。
「この机の引出しに何が入ってるか、僕あててみましょうか」
「あたるものか」
「いいや僕あててみせます――先《ま》ず――何だろう」
緑色のラシャの張ってあるデスクを上から撫でて、金色の髪がキラキラ光る五分刈の頭をかしげ、
「まず、紙類が入っている!」
「お前さんはずるいよ。紙類の入っていない机の引出しなんてあるものか」
「それから、たしかに鉛筆も入っている。ナイフ――あるかな?」
ピオニェールは、挑むような、からかうような眼つきをして素子と伸子を、順ぐりに横目で見た。
「少くとも、何か金属のものが入っています!」
そう宣言しながらさっと素子のデスクの引出しをあけた。その引出しに、白い大判のノート紙と日本の原稿紙などしか入っていないのを見てピオニェールは、失望の表情をした。
「大したもんじゃないや!(ニェ・ワージヌイ!)」
「あたり前さ、もちろん大したもんじゃないよ、紙は紙さ。白かろうと青かろうと」
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