Bほんとに一人分だわ、この部屋は」
「正餐だけたべにこっちへ来ることにするか」
パッサージ・ホテルとアストージェンカは近いけれども、素子は往復の時間が惜しいらしかった。
「ついおっくうになっちゃうからね、いまの天気じゃ。こっちで正餐をたべりゃ、ついどうしたってこっちで夜まで暇つぶししちゃう」
「わたしがパッサージへ行ったら? 暇つぶししないの?」
「いいさ、おっぱらっちゃうもの」
笑いもしないでそう云いながら考えていて、素子はやっぱり予定どおり自分だけパッサージに移ることにした。そうなれば、たった一人で降る雪ばかり見える窓に向いて、正餐をたべる勇気は伸子になかった。正餐には伸子がパッサージへ出かけて行くことにきまった。
七
舞台では、人々の耳になじみぶかい華麗な乾杯のコーラスの余韻をひきながらオペラ「椿姫」の第一幕めのカーテンがおりたばかりだった。
二階のバルコニーの第一列に並んでいる伸子と素子のところへ、一人の金髪のピオニェールのなりをした少年があらわれた。ピオニェールの少年は、素子のわきへよって来た。そして、そばかすのある顔じゅうにひどく陽気な好奇心を踊らして、
「それ、望遠鏡ですか」
素子のきなこ色[#「きなこ色」に傍点]のスカートの膝におかれていた双眼鏡をさした。
「ああ。――なぜ?」
「僕はじめてこういうものを見たんです。ずっと遠くまで見えるんですか」
「そんなに遠くは見えないさ、オペラ・グラスだもの――舞台を見るためのものだから」
赤い繻子のネクタイをひろく胸の前に結んでさげているピオニェールは、ちょっと素子の云っていることがわからない表情をした。
「それで見てもいいですか」
素子は、オペラ・グラスをそのピオニェールにわたした。そして、もちかたや、二つのレンズの真中にある銀色の軸をまわして、距離を調節する方法などを教えた。
「やあ素敵だ! あんな隅が、まるで近くに見えらあ」
ピオニェールは、オペラ・グラスを目にあてて、そう大きくもないエクスペリメンターリヌイ劇場の円天井のてっぺんだの、下の座席だのを見まわした。そのころモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]では万年筆だの時計だのが珍しく思われていた。そのピオニェールがオペラ・グラスをはじめて見たということは本当らしかった。でも、ピオニェールが、オペラ・グラスを目に
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