リり紙細工がのこされていた。ほかの室より燭光のよわい電燈で照されている子供部屋にはかすかに甘ったるく乳くさいにおいがしみついている。部屋そのものは、伸子たちのかりたところよりも倍以上ひろかった。けれども、窓ぎわにごたごた子供部屋らしい品々をのせたテーブルがあるきりで、デスクはないし、スタンドはないし、伸子たちは避難民のようにベッドの上に坐って、建物の内庭に面した暗い窓の外に降っている雪を眺めた。
その晩、伸子が手洗いに行ったら、まだ灯のついた食堂のドアが開いていて、細君が葡萄酒の壜とコップとをのせた盆をうやうやしげにもとの伸子たちの部屋へ運んでゆくところだった。
六
あくる朝、伸子と素子とは目ざめ心地のわるい気分で、乳くさい部屋の第一日を迎えた。顔を洗って来た素子が、男ものめいた太い縞のガウンを着て、手拭をもって、臨時にあてがわれている部屋へ戻って来るなり、
「保健人民委員にミャーコフっていう男がいるのかい」
ときいた。
「――知らない」
伸子は、ソヴェトの指導的な人々の名をいくつか知っていたし、ある人々の写真をエハガキにしたのも数枚もっていた。けれどもそれは一年もモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に暮している自然の結果で、政府の役人の一人一人についてなど、知っていなかった。
「その人がどうかしたの?」
「あの部屋へ来ているのは、その保健人民委員のミャーコフだとさ」
ソコーリスキーが伸子たちに部屋をかわらした熱中ぶりの意味がそのひとことで説明された。同時に、伸子は疑いぶかい、さぐるような表情を二つ目にあらわして、じっと素子を見た。
「そんな人間が、なぜ、こそこそこんなとこへ部屋なんかもつ必要があるんだろう」
ゆうべその人物がアパートメントへ来たのは、劇場のはねる前の、一番人出入りのすくない時刻だった。表ドアのそとについている別入口から直接部屋の鍵をあけて入ったらしく、ベルの鳴る音もしなかった。偶然細君が酒を運ぶところを見かけて、伸子は、自分たちをどけたその室に予定のとおり人が来ているのを知ったのだった。
「何かあるんだね」
「いやねえ」
去年ドン・バスの反ソヴェト陰謀が発覚してから、ソヴェトの全機構と党内の粛正がつづけられていた。収賄、不正な資材や生産物の処分、意識的な指導放棄などが、いろいろの生産部門、協同組合などの組織の
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