ネらない理由が発見されないのだった。むっとして黙っているうちに、伸子は「クロコディール(鰐)」にでていた一つの諷刺画を思い出した。それは、ソヴェト社会にある官僚主義を鋭く諷刺したものだった。「氷でつつまれた」役人たちを、一枚のブマーガ(書類)がどんなに忽ち愛嬌のいい人間に「とかしてゆく」かという有様が描かれていた。伸子は、咄嗟《とっさ》の思いつきで素子に日本語で云った。
「わたし、これからヴ・オ・ク・スへ行ってくる」
ソコーリスキーが、ヴ・オ・ク・ス(対外文化連絡協会)という単語をききとがめた。
「何と云われたんですか」
伸子に向ってきいた。
「わたしは、ヴ・オ・ク・スへ行って、こういう場合、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]人はどう処置するのが普通なのか相談して来る、と云ったんです」
「ヴ・オ・ク・スにお知り合いがありますか」
「わたしたちは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来てもう一年たっているんです」
ソコーリスキーは沈黙した。しかし、彼が伸子たちのいる部屋をあけさせなければならないことにはかわりないらしく、しかも、その時刻は、刻々に迫っているらしかった。考えながらソコーリスキーは腕時計をのぞいた。そして、また思案していたが、暫くすると、それよりほかに方法はない何事かを決心したらしく、
「わたしは、最後の協調案を提出します」
と云った。
「必ずあなたがたのために、最も早い機会にこの建物の中で部屋を一つ見つけましょう。今の部屋とちがわない部屋を。――これは約束します。心あたりもありますから。その条件で、子供部屋へ荷物を運ばして下さい」
「では、わたしたちは、あなたの言葉を信じましょう。部屋ができたら子供部屋からそちらへ移りましょう」
ソコーリスキーは、ディヴァンから立ちあがると、伸子たちに挨拶することも忘れて、あわただしい足どりで台所へ行った。
伸子たちは、机の上に並べたばかりの本や飾りものを自分たちで、食堂と壁をへだてた裏側の子供部屋へはこんだ。
アニュータは、子供寝台をその室からおし出し、あっちの室から折り畳式の寝台をもって来た。大きいトランクや籠は、外出のために外套をつけたソコーリスキー自身が運んだ。子供は前もって夫婦の寝室へつれてゆかれていて、白い壁の上に、復活祭の飾りか、誕生日祝の飾りか、赤と緑の紙で大きいトロイカの
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