カゃありませんか」
 素子の話に答えずしばらく黙っていた吉之助は、
「歌舞伎も何とかならなくちゃならない時代になってます。ともかく生きてる人間がきょうの飯をくってやっていることなんですから」
 やがて時間がなくなって、長原吉之助はさきに席を立った。
 柄の大きい、がっしりした吉之助の背広姿がドアのそとへ消えると、素子は感慨ぶかそうに、
「歌舞伎生えぬきの人がああいう心もちになってるんだものなア」
と云った。
「案外、云わせてみりゃ、ああいうところじゃないんですか」
 歌舞伎の伝統的な世界の消息にも通じている中館は、若い俳優たちの動きはじめている心に同感をもっている口調だった。
「なんせ、あの世界はあんまりかたまりすぎちまっていてね。いいかげんあきらめのいいやつでも、こっちへ来て万事のやりかたを見りゃ、目がさめますよ、おいらも人間だったんだってね、同じ役者であってみれば、こういうこともあってよかったんだぐらい、誰だって思ってるでしょう」
 レーニングラードのドラマ劇場の楽屋で、鏡に向って顔を作っている左団次のうしろに不機嫌なあおい顔をして、ソファにかけていた左団次の細君の様子を、伸子は思い出した。楽屋のそとの廊下で伸子たちを案内して行った中館が顔みしりの若い俳優に会った。中館が、令夫人もいるかい? ときいたら、半分若侍のこしらえをしたその俳優は、ええ、と答えて、何か手真似《てまね》をした。へえ。そうなのかい。中館はちらりと唇をまげた。ここ[#「ここ」に傍点]でまで、うちどおりにやろうったって、そりゃきこえません、さ。下廻りだって、ここじゃれっきとした演劇組合の組合員ってなわけなんだそうですからね。若い俳優は目ばりを入れた眼じりから中館に合図して、ごたついたせまい廊下を小走りに舞台裏へ去って行った。
 そんな前景をぬけて、楽屋へとおり、粋《いき》な細君のあおいほそおもてを見た伸子は、歌舞伎王国を綿々と流れて大幹部の細君たちの感情とまでなっている古い格式やしきたりを、理解できるように感じた。白粉《おしろい》の匂いや薄べりの上にそろえられている衣裳。のんきそうで、実ははりつめられている癇が皮膚にあたるようなせまい楽屋のなかで、伸子は何を話していいかわからないで黙っていた。
 手もちぶさたでぎこちない伸子にひきかえ、黙ってタバコをふかしているそのおちつき工合にも素子は、楽屋馴
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