ンこんで、
「リザ・フョードロヴナが、正確にお答えになったと思います」
と短く返事した。

 伸子が夜となく昼となく自分の悲しみをかみくだき、水気の多い歎きの底から次第に渋い永続的な苦しさをかみだしている間に、パンシオン・ソモロフの朝夕はエレーナ・ニコライエヴナが来てから変りはじめた奇妙な調子で進行していた。
 食卓でトルストイの家出の話が、何かひっかかる言葉の綾をひそめて話題になってから程ない或る午後のことだった。ヴェルデル博士、伸子、素子の三人で、二マイルばかりはなれた野原の中にたっている古い教会の壁画を見に行った。附近の村からはなれて、灌木のしげみにかこまれた小さい空地にある淋しい廃寺で、ビザンチン風のモザイクの壁画が有名だった。そこを出てぶらぶら来たら、思いがけず正面の茂みの間をエレーナ・ニコライエヴナと技師とがつれ立って歩いているのにぶつかった。双方ともにかわしようのない一本の道の上にヴェルデル博士と伸子たちとを見て、エレーナと技師は組んでいた互の腕をはなしたところらしかった。そのままの距離で二人は二三歩あるいて来ると、派手な水色で胸あきのひろい服をつけたエレーナ・ニコライエヴナがわざとらしくはしゃいだ調子で、
「まあ思いがけないですこと!」
と、明らかにヴェルデル博士だけを眼中において近づいて来た。
「お邪魔いたしましたわね」
 ヴェルデル博士は、黒いソフトのふちへちょっと手をふれて、技師へ目礼し、いつものおだやかで真面目な口調に苦笑しながら云った。
「誰が誰の邪魔をしたのか、私にはわかりかねますな」
 伸子たち三人はそのまま帰り道へ出てしまった。その間技師は少し顔をあからめたまま、ひとことも口をきかなかった。
「男の方があわてたのさ。エレーナなんか、どうせ出張さきのひと稼ぎの気でいやがるんだ」
 二人きりになると、素子は憤慨して云った。
「あんまり人を馬鹿にしているじゃないか、あんな感じのいいちゃんとした細君をわきへおいときながら、その鼻っさきで――甘助技師奴」
 夜のお茶にパンシオン・ソモロフの人々がみんなテーブルについたとき、素子がとなりのリザ・フョードロヴナに、誰でもする会話の調子で、
「きょう散歩なさいましたか」
ときいた。
「いいえ」
 暗色のロシア風な顔の上ですこし眉をあげるようにして、リザ・フョードロヴナは若くない女のふっくりした声で答え
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