ネしく対手になりながら、あのふっくりした瞼のかげに平らかにおいた瞳のなかで母のために愧《はずか》しさを感じていたのではなかったろうか。
 相川良之介のように複雑な生活の経験がなく、また性格的に相川良之介のように俊敏でない保に、生きるに生きかねる漠然たる不安というようなものがあったとは伸子に思いかねた。二十一歳の保は、一本気に自分流の観念に導かれて、その生きかたを主張する方法として死ぬことを選んだのだったろう。いずれにしろ、保はもう生きていない。生きて、いない――何という空虚感だろう。その空虚の感じは伸子の吸う息と一緒に体じゅうにしみわたった。そして保がもういないという空虚感には、九つ年上の姉の伸子が、保というものを通じて、漠然と自分よりも年のすくない新鮮な男たちにつないでいたいのちの断絶も加わっていた。兄とはちがう姉の女の心が、三十歳の予感にみたされた感覚で、弟の大人づいてゆく肉体と精神に関心をよせていた思いの内には、そのこころもちをとらえて名づけようとするともう消えて跡ないようなにおやかさもあった。

 落胆のなかをさまようように、伸子はデーツコエ・セローの森のなかを歩きまわった。伸子のかたわらにはいつも素子がついていた。伸子の悲しみの深さで、日頃はちらかりがちな自分の感情をしんみりと集中させた素子が、伸子と一つの体になったような忠実さで、ついていた。伸子は折々びっくりして気づくのだった。こんなに素子がしてくれるのに、何時間も口をきかずにいて、ほんとにすまなかった、と。
「ごめんなさい――心配かけて」
 伸子は、心からそう言って素子の腕を自分のわきへおしつけた。
「いい。いい。ぶこ。よけいなことに気をつかうもんじゃない」
「だって……いまになおるからね」
「――いいったら!」
 しかし、しばらく歩いているうちに、伸子はまた素子のいることを忘れ、しかも伸子は素子の腕につかまって、やっと森かげの小みちを歩きつづけることができるのだった。
 日曜日になると、朝早いうちからいつものようにデーツコエ・セローの停車場へはき出された青年男女の見学団が、ぞろぞろとパンシオン・ソモロフのヴェランダの前の通りを通って行った。終日浮々したガルモーシュカの響がきこえ、笑い声や仲間を呼んで叫ぶ声々が大公園にこだました。伸子はそういう日は公園へ出てゆかず、パンシオンの古いヴェランダにいた。そ
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