ァ服の太い膝をゆすったり、紺絣の着物の膝をゆすっているときの保、柔かい和毛のかげをつけた若いおとなしい口元、重いぽってりした瞼の形、可愛い保の俤《おもかげ》は迫って、伸子はものをのみこむどころか息さえつまった。伸子の悲しみは体じゅうだった。その体に風が吹いても悲傷が鳴った。
喪服をつけるというようなことを思いつきもしなかった伸子は、相かわらず白麻のブラウスにジャンパア・スカートのなりで、素子の腕につかまりながら、ほとんど一日じゅう戸外で暮した。結局たれ一人、保が生きられるようにはしてやれなかった。この自責が伸子をじっとさせておかないのだった。ひとはてんでに、生きるようにして生きている。そのひと[#「ひと」に傍点]のなかに、兄の和一郎も姉の伸子も、父母さえもおいて保は一人感じつめたのだと思うと、伸子の唇は乾いた啜り泣きでふるえた。
伸子は、保の勉強部屋の入口の鴨居に貼られているメディテーションという小紙に、あんなに拘泥していた。いつだってそれを気にしていた。だけれども、それだからと云って自分がソヴェトへ来ることをやめようとはしなかった。自分の生きることが先だった。デーツコエ・セローの大公園の人目から遠い池の上に架かった木橋の欄干にもたれて、そこに浮いている白い睡蓮の花を見ながら伸子は考え沈んでいた。
保は、おそらく、あんなに執拗に追求していた絶対の正しさ、絶対の善という固定したものを現実の生活の中に発見できない自分と和解できなくて、死んでしまったのだろう。保が恋愛から死んだとは伸子にどうしても思えなかった。伸子がそう感じていたくらいだから、保の同級生はどんなにか佐々保を、家庭にくっついた息子だと思っていたことだろう。母の云うことにはがゆいばかり従順だった保が、母の情愛の限界も知って、死んだ。そのことも伸子のこころをひきむしった。越智がまだしげしげ動坂の家へ来て母が客間に永い間とじこもっているような頃、保が、伸子に向って、越智さんが来るとお母様どうしてお白粉《しろい》をつけるんだろう、と云ったことがあった。伸子はそのときのはっとした思いを忘られなかった。多計代は、誠実とか純潔とかいうことを保あいてに情熱的に話すのが大好きだったが、もしかしたら保は次第に母と越智との現実に、母の言葉とちぐはぐなこともあったことを感じはじめていたのではなかったろうか。保は、母の話におと
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