L子のふっくりした若い手をとらえていた。伸子には鉤《かぎ》のように感じられるその手でエレーナは伸子をリードして、黒いスカートをひるがえしながら、頭をたかくもたげ、伸子にはどこにも聴えていないマズルカの曲を雨と風とのなかにききながら踊る。ほそい赤縞のワンピースを着ている東洋風になだらかな丸い曲線をもった伸子の体は、エレーナの大きく黒く蝙蝠《こうもり》がとぶような動きに絡んでギャロップした。はげしい運動で薄く赧らんだ伸子の顔の上に恐怖があった。エレーナは、ほんとに発作のように立ち上って、教えてあげましょう、マズルカというものはこういう風におどるんです、と伸子の手を、いや応なくしっかりつかまえて踊りだした。そのときエレーナは伸子に、自分の若かったときの話をしていたのだった。オデッサで、大きい実業家だったエレーナの父親は、一人娘であったエレーナのために時々すばらしい宴会や舞踏会を開いた。昔、と云うのは革命前のことであるけれど、オデッサは、ロシアの小パリで、ペテルブルグよりも早いくらいにパリの流行が入った。エレーナはフランス製の夜会靴をはき、音楽と歓喜のなかで夜が明けるまでマズルカをおどった。話しているうちにエレーナの瞳のなかに焔がもえたった。あなたマズルカを知っていますか? いいえ。ああ。――いまはマズルカさえちゃんと踊る人がなくなってしまった。エレーナはひとりごとのように呟いて公園の森の方を見ていたが、不意にカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ス椅子から立ち上り、教えてあげましょう。マズルカというものは、と伸子の手をつかまえて立ち上らせたのだった。
 いつも冷静に、厳粛にしているエレーナの黒服につつまれた細いからだには、こんな荒々しい情熱がひそんでいた。伸子はそのことにおどろかされた。エレーナとしては不意に中断されて、それっきりすっかり消えてしまった半生の最後に響いたマズルカの曲が、いまこの夏の終りの雨が降る人気ないヴェランダで伸子の手をつかんで立たせる衝動となってよみがえって来たのだろう。エレーナは非常に軽かった。彼女にはまだまだマズルカをおどるエネルギーがある。伸子はエレーナにリードされてヴェランダの床をギャロップしながらそう感じた。でも、いつ? そしてどこで? また誰とエレーナはマズルカを踊るだろう。彼女は昔よろこんで踊ったマズルカがあったことさえ今語ろうと思
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