H」
だまっている素子のまわりを伸子はゆっくり歩いて、背の高い煖炉棚へ部屋靴のつまさきをそろえてもたれかかった。
「――わたしは、もうそうしなくてよ。お互のために――わたしたち、折角いつもは病的なところなんかなくて暮しているのに、こんな時っていうと、まるで突発的に妙になるんだもの――これこそ病的だとしか思えない。わたし苦しくなるし、自分たちが恥しい……」
ちょっと言葉を切って、伸子は羞恥のあらわれた、うす赧い顔で早口に云った。
「わたしたち性的異常者じゃないんだもの。――人間の親密さのいろんなニュアンスを肯定しているだけなんだもの」
素子の眼から暗い脅《おど》かしと毒々しい光沢が次第に去った。
「そんなことはわかってるさ」
「変じゃないの、じゃどうして、あんなに、何とも云えないぐらん[#「ぐらん」に傍点]とした居直りかたになるんだろう。自分でわかる? どんなに――」
醜い、という言葉を云いかねて伸子は、
「普通でないか……」
と云った。
「そりゃ普通じゃなかろうさ、わたしは自分を一遍だって普通だなんて云ったことはありませんよ」
「…………」
素子の、京都風な受口の小麦肌色の顔や、そこから伸子を見ている黒い二つの棗《なつめ》形の眼、くつろいだ部屋着の胸元をゆたかにもり上らせている伸子より遙に成熟した女の胸つきなどを眺めていて、伸子は不思議にたえない心持になった。素子の生理になに一つ女でないことはない。それだのに、素子はどうしてこうまで自分の性をそのままにうけいれようとしないのだろう。伸子より三つ年上の素子が、女学校の上級生ごろから、らいてうとか紅吉とかいう青鞜婦人たちの女性解放の気運に影響されていたというだけでは、伸子に諒解しつくされなかった。素子の家庭で、父と母と母の妹との間に乱れた関係があって、素子の実母への愛と正義感が男への軽蔑や反撥になったとしても、やっぱり伸子にはわかりきらないものがあった。
「あなたってまったく不思議ねえ」
その声のなかから腹立たしさも軽蔑も今はすっかり消えた調子で、伸子がまじまじと素子を見た。
「あなたの生活に、これまで具体的に男のひとが入って来たことってなかったんでしょう」
「そりゃないさ」
「そういう意味からだけ云えば、あなたは、わたしより純潔と云えるわけなのに――あなたは、わたしより純潔じゃないわ」
素子はすこし顔を赧
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