{のぐるり、目抜きの大通りは、人馬の物音をやわらげる木煉瓦でしきつめられていたが、壺売りの婆さんがジプシー女のようにサラファンの裾をひろげて大小様々の壺をあきなっている運河の橋をわたって、もう一つの地区へ出ると、そこはもうモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]がそうであるように、すりへったごろた石じきの町々であった。すりへったごろた石の間には藁くずや紙くずや乾いた馬糞がある。北の夏は、歩いている伸子たちに汗をかかせるほどではないが、埃っぽくむっとした街路のいきれが、彼女たちの靴を白くした。
白麻のブラウスに、学生っぽいジャンパア・スカートをつけて訪ねて行ったさきざきで、伸子たちは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で知らなかった発見をしたのだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]でも、伸子たちは随分いろんなところを見学した。とくに伸子は素子の倍ほども足で歩いて目で見て歩く仕事をしたのであったが、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ではどこへ行っても、そこに見出すのは、ソヴェト社会という大きな有機体の一部として不断に活動している一つのシステム、或はメカニズムだった。最新式の厨房工場《フアブリカ・クーフニャ》でも、伸子はそこで一日に幾千人分の食事が用意されどんなスティーム鍋がつかわれているかということを見た。そして、その工場はどういう各部の担当にわかれていて、そこに文学サークルと共産党細胞と組合地区委員会がある、ということを、長い廊下を案内されつつ理解した。また伸子は白い上っぱりと帽子をつけて大活動をしている三十人の人民栄養労働組合員も見たのであったけれども、みんなの活動があんまりきびしく組織されて居り、その活動にゆるみがなくて、伸子にふれて来るのは、一つの系統だてられた活動そのものだけで、活動している人の肌合いというようなものではなかった。児童図書館でさえも、それは同じだった。迅くまわっている自転車の輪のこまかい一本一本のスポークスが目にとまらないように、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で、人々は、一人一人が活動のなかへ消えこんでいるほどはげしく活動しつづけている。
スモーリヌィへ行って、伸子たちは、はじめてレーニングラードの、テムポを理解した。スモーリヌィはもと貴族女学校で、十月革命の頃、ここに全露ソヴェトがおかれ
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