nール》を横切っているところにはプーシュキンの像が建っていた。ここの並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》のつき当りには、ロシアの子供たちのために無数の寓話物語を与えたクルィロフの坐像が飾られていた。部屋着のようなゆるやかな服装で楽々と椅子にかけ、いくらか前こごみになって何か話してきかせているような老作家クルィロフの膝の前に、三四人の子供が顔を仰向けてそれにきき入っている群像だった。その台座には、クルィロフの寓話に描かれた、いくつもの有名な情景が厚肉の浮彫りでほりつけられている。伸子たちはしばらくそこに立って、芽立とうとする菩提樹を背にした親しみぶかいクルィロフの坐像と、そのぐるりで雪どけ水をしぶかせながら遊んでいるモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の子供たちを眺めていた。日曜の並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》には父親や母親とつれ立って歩いている子供たちがどっさりあり、長外套をつけ、赤い星のついた尖り帽をかぶった赤軍の兵士が、小さい子の手をひいて幾組も歩いている姿が伸子に印象ふかかった。
 並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》からアルバート広場へ出て、一軒の屋台店《キオスク》の前を通りがかったとき、伸子は、
「あれなんだろう」
と、その店先へよって行った。売り出されたばかりの「プロジェクトル」というグラフ雑誌が表紙いっぱいにゴーリキイの写真をのせて、幾冊も紐から吊り下げられていた。

        三

 その展覧会場の最後の仕切りの部分まで見終ると、伸子はゆっくり引かえして、また一番はじめのところへもどって行った。
 作家生活の三十年を記念するゴーリキイの展覧会のそこには、マルクス・レーニン研究所から出品された様々の写真や書類が陳列されていた。けれども、おしまいまで何心なく見て行った伸子は、これだけの写真の数の中にゴーリキイの子供の時分を撮《うつ》したものは見なかったような気がした。けれども、見なかったということも、確かでなかった。
 伸子は、またはじめっから、仕切りの壁に沿って見なおして行った。マクシム・ゴーリキイが生れて育った古いニージュニ・ノヴゴロドの市の全景がある。ヴォルガ河の船つき場や荷揚人足の群の写真があり、ニージュニの町はずれの大きなごみすて場のあったあたりもうつされている。写
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