黷ツの芸であるらしく、前にのこした足を、踊子らしく外輪においてゆっくり膝をかがめ、またもとの姿勢に戻るまでを、女主人は息をころすようにして見つめた。
マリア・グレゴーリエヴナが、
「見事にできました」
とほめた。低い椅子にかけたまま、立っている娘を見上げる女主人、立ったまま母親の顔を見ている娘とは、マリア・グレゴーリエヴナの褒め言葉で、互に、満足の笑顔を交しあった。娘は、ドアのむこうに引こんだ。
「さて、どうするかね、ぶこちゃん」
素子が日本語で相談した。
「場所はいいが……ちっと複雑すぎるだろう」
「わたしには、とてもあの子をほめきれないわ」
「――場所は私たちにとって便利だし、室もいいけれども、何しろわたしたちは旅行者ですからね」
女主人とマリア・グレゴーリエヴナとを等分に見ながら素子が説明した。
「家具を自分たちで負担するのは、無理なんです」
捲毛の渦まく頭をすこし傾けながら、女主人は無邪気そうに、思いがけないという目つきをした。
「どうしてでしょう。――わたしたちが家具を買う、というときは、いつもそれが、また売れるということを意味しますのよ。そして、私たちは実際、いい価で交換出来ないような品物を、家具とはよばないんです」
マリア・グレゴーリエヴナが、
「いずれにせよ、即答はお互に無理でしょう」
なかに立って提案した。
「二日ばかり余裕をおいて、返事することになすったら?――こちらにしろ」
と赤い部屋靴をはいている女主人をかえりみて、
「その間に、非常に希望する借りてを見つけなさるかもしれませんしね」
「結構ですわ」
捲毛の女主人は、社交になれたとりなしでちょっと胸をはった姿勢で椅子から立った。
「では二日のちに――」
「どうぞ――御一緒に暮せるようになったらイリーナもよろこびますわ」
入口のドアがしずかに、しかしかたく、三人のうしろでしまった。三人はしばらく黙ったまま、人通りのない古風なブロンナヤの通りを並木道の方へ歩いた。
「ああいう女のひとにとって一七年はどういう意味をもっているんでしょうねえ」
マリア・グレゴーリエヴナは、黒い毛皮のついた、いくらか古びの目立つ海老茶色の外套の肩をすくめるようにした。
「モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の舞台にあらわれるああいう女のひとのタイプは、誇張されているんじゃないということがわかりま
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