タットの海兵が反乱をおこしたとき連座して、一九一七年までイギリスに亡命して暮したプリヴォイ夫妻は英語を話した。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の住宅難で自分のうちに落付いた仕事部屋のないプリヴォイは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]郊外に出来た「創作の家」で、「ツシマ」という長篇をかいているところだった。
石垣のように円をつみ重ねたいたずらがきを濃くなぞりながら、伸子は、あのプリヴォイがたとえ酔ったからと云って、伸子を掬い上げたりするだろうか、と思った。それは想像されないことだった。プリヴォイには、そういう想像がなりたたない人柄が感じられる。けれども、ポリニャークもプリヴォイも同じロシアプロレタリア作家同盟に属している。――
「ねえ、プロレタリア作家って、ほんとうはどういうの?」
伸子に訳してきかせたあとを一人でよみつづけていた素子が、
「――どういうのって……どういう意味なのさ」
本の頁から顔をあげずにタバコの灰を指さきでおとしながらききかえした。
「何ていうか――規定というのかしら――こういうものだという、そのこと」
「そんなことわかりきってるじゃないか」
すこし気をわるくしたような声で素子が答えた。
「労働者階級の立場に立つ作家がプロレタリア作家じゃないか」
「そりゃそうだけれどさ……」
革命後にかきはじめた作家のなかには、プロレタリア作家と云っても、偶然な理由からそのグループに属している人もある、と伸子には思えた。
「ポリニャークなんかもそうじゃない? 革命のとき、偶然金持ちでない階級に生れていて、国内戦の間、ジャガ薯袋を背負って、避難列車であっちこっちして『裸の年』が認められたって……プロレタリア作家って文才の問題じゃないでしょう?」
「だからルナチャルスキーが気をもむわけもあるんだろうさ――前衛の眼をもてって――」
伸子は、ひょっと、自分がもし日本から来た女の労働者だったら――工場かどこかで働くひとであったら、同じ事情のもとでポリニャークはどうしただろうか、と思った。それから、ヴェラ・ケンペルも。やっぱり、気のきかない客だということを、わたし退屈だわ、と云う表現でほのめかしただろうか。
日本の政府はソヴェトへの旅行の自由をすべての人に同じようには与えないから、公然と来られるものはいつも半官半民の特殊な用向の日本人か
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