Xに乗った。街燈が雪道と大きい建物を明るく浮上らせ、人通りの多い劇場広場の前をつっきって、つとめがえりの乗客を満載したその大型バスが、なじみのすくない並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》沿いに駛《はし》るころになると伸子には行手の見当がつかなくなった。
「まだなかなかですか?」
「ええ相当ありますね――大丈夫ですか」
伸子と秋山宇一、内海と素子と前後二列になって、座席の角についている真鍮《しんちゅう》のつかまり[#「つかまり」に傍点]につかまって立っているのだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のバスは運転手台のよこから乗って、順ぐり奥へつめ、バスの最後尾に降り口の畳戸がついていた。いくらかずつ降りる乗客につづいて、伸子たち四人も一足ずつうしろのドアに近づいた。
「あなたがた来られてよかったですよ」
秋山宇一が、白いものの混った髭を、手袋の手で撫でるようにしながら云った。
「大した熱心でしてね、今夜、あなたがたをつれて来なければ、友情を信じない、なんて云われましてね――どうも……」
今夜までのいきさつをきいていない伸子としては、だまっているしかなかった。もっとも、日本文学の夕べのときも、ポリニャークはくりかえし、伸子たちに遊びに来るように、とすすめてはいたけれども。――
とある停留場でバスがとまったとき内海は、
「この次でおりましょう」
と秋山に注意した。
「――もう一つさきじゃなかったですか」
秋山は窓から外を覗きたそうにした。が、八分どおり満員のバスの明るい窓ガラスはみんな白く凍っていた。
乗客たちの防寒靴の底についた雪が次々とその上に踏みかためられて、滑りやすい氷のステップのようになっているバスの降口から、伸子は気をつけて雪の深い停留場に降り立った。バスがそのまま赤いテイル・ランプを見せて駛り去ったあと、アーク燈の光りをうけてぼんやりと見えているそのあたりは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]郊外の林間公園らしい眺めだった。枝々に雪のつもった黒い木の茂みに沿って、伸子たちが歩いてゆく歩道に市中よりずっと深い雪がある。歩道の奥はロシア風の柵をめぐらした家々があった。
「この辺はみんな昔の別荘《ダーチャ》ですね。ポリニャークの家は、彼の文学的功績によって、許可されてつい先年新しく建てたはずです」
雪の深い歩
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