オたの。折角言って下さっても自信がないんですもの――でも……」
「磯崎さんがどうしてもって云うわけですか」
 そう云って素子がほほえんだ。
「二人で行く方が、絵の勉強だって必ずよくできるってあんまりつよく云うもんですから――わたしもあのころは、絵だけはやれるものなら続けたいと思っていたものですから」
 恭介と須美子とは、ある金持ちが、自分の娘たちの自由教育のために創立した学院の同窓生だった。二人を結婚させ、絵の修業にパリへよこしはしたものの、磯崎の田舎の両親は、須美子が出産の度に入院することもパリ風の特別な贅沢の染ったやりかたという先入観をもって見るらしかった。二人しかない子供の一人を、ひとにあずけてそのために里扶持を払っていることも、若い母である須美子が身がるでいたがるせいとしか理解していないのだった。
「磯崎が云いだして、ここのマダムにたのんだことですのに――」
「自分の親なんだもの、磯崎君が、がんばって、よくわからせたらいいじゃありませんか。いわば自分の責任じゃないか」
「そういうときには磯崎も、気の毒なほど、骨を折って居りますわ、何とかわかって頂こうとして――でも、むずかしいものですわね、わたし、ときどき、おそろしくてたまらないようになりますの」
 須美子の濃いおかっぱの少女っぽいまんじゅう頭がすらりとした体つきのわりに、しっかりと張っている両肩の間へひっこんだようになった。きれの長い二つの眼は、ますます見ひらかれて、話している相手の素子の顔を見つめながら。
「わたしだけが、どうしてこんなにあちらの御両親から悪く思われていなければならないんでしょう」
 若い夫婦がパリへ絵の勉強に来ているという現実が、こんなにもきつく日本の嫁姑の苦しさにしめつけられていると想像するものがあるだろうか。少女っぽいというより、少年ぽく見えるほどすらりとした体つきの須美子が、純潔なきまじめさで、子供が二人もつづけて生れてしまいましたし、というのをきいたとき、伸子の心はつきうごかされて、須美子を胸に抱きしめてやりたいようだった。
「登坂先生たちは、そういうことをみんな知って居られるんですか」
「このごろは、もう何も云ってやりませんの。無駄に心配させるばかりで気の毒ですし、かえって磯崎の御両親との間がむずかしくなりますから」
 それぞれの椅子の上でだまりこんでしまった三人の女を、古風な
前へ 次へ
全873ページ中860ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング