「う字そのままに美しく、大きく黒い空にきらめいている星を見まもりながら、流れ下る若い男の唄声にとかされてそのまま眠ってしまったこともあった。
西瓜船にすれちがうのはきまって午後だった。ヴォルガの洋々とした水の面が今を最後の夏の光と暑気とにまばゆい午後になると、アストラハンを出発して上流に向う遊覧船にひかれて、山もりに西瓜をつんだ平底船が来た。西瓜船に人がのっていることもあり、西瓜ばかりのこともある。舳に白波を立てて広い流れをさかのぼって来る遊覧船には人が満載だった。甲板の手摺りに鈴なりになって、こっちの船をみている白い開襟シャツ、黒と黄色の横ダンダラの運動シャツなど一人一人の姿が手にとるように見える間隔で二つの船はすれちがった。下から来る船の乗客にはコーカサスやウクライナの「休の家」から一ヵ月ぶりでモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ帰ろうとするひとが多いらしくて、すれちがうとき伸子たちの船に向って、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のなつかしさをこめて歓声をあげるのは、うしろに西瓜船をひっぱっているその船の方だった。同じように午後のうちにすれちがう上りの船でも、吃水を深くしずめて円塔形の上部ばかりを水面にあらわした石油船であると、それを眺めている伸子たちの船の甲板には一種の尊敬の感じが流れた。石油《ネフチ》と白くかかれている特殊な輸送船が川波の間をさかのぼってゆくのをみると伸子にしろソヴェトの生産計画の生きた姿を感じずにいないのだった。
ロシアで西瓜はドゥウィニヤとよばれているけれど、それは日本の西瓜のとおりなかみの赤い、種の黒い西瓜だった。または、種が茶色で、なかみはクリーム色の汁気の多い種類だった。
スターリングラードからウクライナ地方を横切る列車の中で、伸子たちは、偶然、黒ずくめのなりをした一人のフランス婦人と乗り合わせた。かなりの年配に見うけられるその人は、黒い趣味いい服につつまれたしなやかな体に細くてつよい力をもっていて、あかぬけした足のさばきやその軽やかさが、雪で重くされているモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の婦人たちのもっていない風情で、伸子の目をひきつけた。
言葉の通じない三人の女は、列車の廊下にたたずんで、ところどころにまだ一九一七年国内戦時代の廃墟がのこっているウクライナの野や耕地が窓外をすぎてゆくのを眺
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