Bゴーリキイとともに歩いて来た画家というのは誰だろう。それから一九一七年後ファデェーエフやフールマノフの時代になってからのソヴェト画家。伸子はデニカの絵を、実感の上に思い出すばかりだった。幾十万のポスターや諷刺画はあふれているが。ソヴェトの新しい絵画の広野はまず人跡まれだった。文学にくらべると、おどろかれるぐらい。
ここにも、フランスで絵画が文学より砕けてしまったという現象を、反対の方向から考えさせる芸術のジャンルの特質についての秘密がかくされている。伸子のつきたい点がそこにあった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で見た三人の若いソヴェト画家たちの帰朝展の混迷を思い出した。
「無理もないわ」
若い彼らがうちこまれた混乱と抵抗とに同感し、伸子は、それをひとごとと思わなかった。
「ルーヴルへ行けば、あの有様だし……」
ルーヴルでは紀元前五〇〇〇年のエジプトの彫刻が広間の床をみたし、ジオットから後期印象派までの画家の作品が、壁という壁を、二段三段に埋めていた。
「現代の画家の仕事はこうだし……」
ディフォーメーションの感覚そのものが、ソヴェトの社会生活には必然でないのだった。パリの運転手たちが、あの快速と身についたリズムで衝突をさけつつエトワールの凱旋門をぐるり、ぐるりとまわって、的確に街角から消え去るように、現代のフランスの才能は、ゆずらず個性をとぎすましながら、決してめまい[#「めまい」に傍点]のしない神経で、つみ重っている古典の山と、きょうの色まばゆい破片と思い思いのディフォルメとの間をすりぬけすりぬけ、自分の絵[#「自分の絵」に傍点]を追究しているのだろう。
きょう、ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールの宝石商の飾窓の前に立って腕輪を眺めているうちに、パリは、美とされているものの国際市場なのだ、という判断が伸子の心の中でますます動かしがたくなって来た。マチスそのほかパリの有名な画家たちの名は、伸子がその名も知らないパリ一流の服飾家の名とともに世界に知られていた。そういう画家たちの市場価値は、金《きん》そのものと全く同じに国際相場だった。
「ね、フランスは、自分の金を輸出資本にしているだけじゃないのよ。『表現力』も輸出目録にかきだされているんだわ。パリは、表現[#「表現」に傍点]というものの国際市場よ、そう思わない?」
伸子は、言葉
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