xとの上につもったちがいは、何ときびしく踰《こ》えがたいものになったろう。それは、伸子からはじまったことだろうか。伸子は、切なさに身をよじりながら、そこを素子に考えてほしいと思うのだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ着いて、伸子がまだロシア語を知らず、パッサージの玄関番が、ホロドノワータというのをきいて、びっくりして素子に云ったものだった。あの玄関番、しゃれているのねえ、雪のことを、つめたい綿と、云ったのね、と。それをきいて素子は大笑いした。|冷たい《ホーロドノ》・綿《ワータ》ではなくて、玄関番は、ちょっと寒いめですね、と云ったのだった。
 伸子は、そんなに言葉がわからず、素子にたよろうとしていた時期に、素子は伸子を、どういう風に仕込んだろう。紙きれにプーゴヴィッツァ(ボタン)。カリーチネヴィ(茶色)ニトカ(糸)とかきつけさせて、買いものをさせたのは、素子だった。食物の買いもの。|ВОКС《ヴオクス》の用事。部屋さがしとその交渉。素子は、勉強しなければならなかった。だから、そういうことは、みんな伸子のするべきことになった。そして、伸子は、片輪なままのロシア語で、どこへでもゆき、いろいろな場所と場合を経験し、自分の見たいものを見て、歩きたいところを歩くようになった。そして、ソヴェト生活の日常の現実が、どれほど立派な資本主義の社会とどこでどのようにちがい、五ヵ年計画で生産される農業機械が、よその文明国では五十年前から使っていて、珍しくも何ともないものだとけなされようとも、その単純な農業機械が、ソヴェトの人々にとってどういう別個の意味をもつかということを、実感で区別するようになってしまったのだった。
 ほんとうに、伸子は、いつの間にか、自然にそうなってしまったのだった。素子が、大学の教室に坐り、プーシュキンの詩の韻律の分解をし、書籍のリストを整理し、それをふやしていたうちに。長い過程の上におこったこういう状態[#「状態」に傍点]として、二人の間に生じた問題を扱ってくれたら。――伸子たちの苦痛を複雑にしているのは、二人の生活について来ている素子の側からのなみはずれな感情の要素のせいだった。素子の傷つきやすさ。伸子の動きのすべてを、自分に対する献身かさもなければ裏切りの、そのどちらかとしてしかうけとれないような、激しい感情の習癖。
 素子自身、その苦しさに圧
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