qが人生に対して抱いている良心と善意の努力のすべてを、そっくり大きい歴史の前に肯定されたにひとしいことだった。
 山上元の立場として、まったく彼ひとりの意見で、伸子にああいう提案がされるとは考えられなかった。愛するソヴェトにとって、自分が役に立つ何者かであり得るという確認は、トゥウェルスカヤを歩いている伸子の心と体とを感動で顫《ふる》わせた。伸子は、それがわがことと信じきれないほどの感激をもって、その承認の上に身を投げかけて行っているのだった。もうすべては決定したも同然に思える。自分はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にとどまるのだ。――だが、どうしてだろう。さっき、山上元の部屋でその話が出たとき、あまりの思いがけなさとうれしさで動顛した伸子のどこかで、その同じ瞬間に意識されたあのつよいわからなさ。そのわからなさは、トゥウェルスカヤを歩いて来る伸子の感動が大きくなればなるほど、やはり同じ量でひろがって来るのだった。
 通行人がいくたりか、けげんそうな眼ざしで、伸子を見た。伸子は考えにとらわれて我を忘れ、おそい午後の大通りを足早にすぎてゆく人群れにまじって、たったひとり、のろのろとみんなに追いこされながら歩いて来た。
 半ば無意識にホテル・パッサージの入口のドアを押した伸子は、リュックスを出てからトゥウェルスカヤを歩いて来た、そのままの歩きつきで、自分たちの部屋へ戻って行った。
 素子が、すばやく自分のデスクの前からふり向いた。
「どうした、ぶこ[#「ぶこ」に傍点]」
「ただいま」
「どうした」
「うん」
 伸子はベレーをぬぎながら、自分のベッドの上に腰をおろした。素子は、ふだんとは全く別人のように何かに心をとられ、ぼっとしている伸子をじっと見た。そして心配と不快さのいりまじった声でとがめるように云った。
「何か云われてきたんだろう」
 伸子がだまっている前へ来て立った。
「何を云われて来たのさ! ぶこ」
「――モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にのこらないかっていう話だったんだけれど」
 それだけいうのに伸子は息苦しく声がかすれた。それほど胸がいっぱいだった。その上、伸子は、そういうとき、素子の眼を見ず、ベッドにかけている自分の斜横の空間に視線をそらした。伸子は、素子の顔が見られないような気持がし、また、自分のなかで煮えたぎりはじめたばかりのこと
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