チぽい雰囲気や量感に欠けていた。
「きいてごらんなさい、タワーリシチ」
ミチェンコは、すこしおどけ[#「おどけ」に傍点]て、大きい掌《て》のひらを片方の耳のうしろにあてがって眼玉を大きくし、画面に向って耳をすます様子をした。
「きこえない、わたしにはきこえない。この画からはメーデーの跫音がきこえて来ない。彼らは眉毛で憤っている」
左手の指さきで、自分の眉毛をつき上げた。
「彼らは口でおこっている」
画面の労働者が叫んで開いている口つきをまねた。
「しかし、声がない。どよめきがない――真実の感情が不足しています」
伸子が自身の同感をふくめてとりつぐそれらの批評を、蒲原順二は、こだわりなくうけいれた。
「やっぱり、そうかなあ。こわいもんだなあ」
蒲原はこういう制作に必要な、日本のメーデーのスケッチやクロッキーをモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へはもって来ていなかったのだった。そういう条件をありのままに告げて、新しく協議した結果、蒲原は、主題をかえて、二月の東京市電のストライキのときに、男女従業員が催涙弾で襲撃された事件を描くことになった。
プロレタリア美術家同盟の事務所から伸子とつれ立ってかえりながら、蒲原順二は、
「こっちの画家って、率直ですねえ」
自分の制作がパスしなかったことについて、彼は格別しょげてもいず、意外に感じてもいない風だった。
「こっちの画家は、大衆の目そのもので、絵を見ようとしているらしいですね。よその国の画家たちみたいに、メチエなんかに、あんまりひっかかっていないんですね」
美術学校の教育をうけた日本の青年画家として、ドイツの左翼美術家の仕事を見た上でモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た蒲原は、ソヴェト画家のめざそうとしている新しいリアリズムの方向について、自分の制作がうけた批評そのものから、何かを理解しようとしているようだった。
「こんどの仕事では、僕、いくらケチをつけられても、いやな気がしない。ソヴェトでは絵画というものを、どう考えているか、そのうってつけの実験ですからね、僕にとっちゃ千載一遇です」
そして朝のおそい伸子たちと一緒に茶が終るのを待ちかねて、プロレタリア美術家同盟の共同アトリエへ出かけて行った。
これは、みんなメーデー前のことだった。一九三〇年のメーデーには、いろいろな労働組合のクラブ
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