ォ片仮名ワ、1−7−82]ール》へ出て、伸子は、メーデー前のまだかたい芽立ちの菩提樹の下を歩いた。ああいう人たちにとって、すべては、何とくっきりとして、ああか、こうか、とはっきりしているだろう。そして彼の七十歳という年齢にかかわらず、山上元の特徴ある三白眼や強情な顎、短兵急なものの云いぶりから独特な精気が射出されて、伸子のなかに日本の女をめざめさせ、彼の明治の男を感応させたというのは、何とおもしろいことだろう。
 山上元のくるみ[#「くるみ」に傍点]のようなかっちりさ。パリで近く暮した蜂谷良作が、すもも[#「すもも」に傍点]か何かのように思い出された。そして、自分にも水っぽくって、くされがはいるかもしれない果肉がくっついている。山上元がそれを見ていないとは伸子には考えられなかった。

        十一

 メーデーに、伸子と素子とは、おととしのように広場の中、クレムリン外壁に沿うて設けられている観覧席に場所をとらず、赤い広場に向ってつめかけている行進の列の間を、街から街へ歩きまわった。
 去年のメーデーは、ワルシャワだった。ワルシャワのメーデーは無気味な圧力でけちらされた。行進して来た人々の頭のむこうで赤い旗は何と不安に揺れたろう。その赤い旗のゆれとともに、インターナショナルのひとふしが突然きこえ、すぐ千切れて、やがて、赤旗さえどこか全く消え去ってしまった。
 ベルリンでは「血のメーデー」だった。カール・リープクネヒト館前の広場で、労働者の血が流された。その抗議の白い大きい輪が、広場の石の上にしるされていた。かたわらの建物の黒い粗石の腰羽目に、いく箇所か白ペンキで掠られているところがあった。それはメーデーに労働者の子供までを傷《きずつ》けた警官隊の弾痕のめじるしであった。
 おととしモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の赤い広場の、外国人のための観覧席で、行進を見ていたときの伸子は持っていなかった一つの小さい金の輪が、ことしは伸子の黒い瞳の底に沈んで光っている。それは一つの銃口であった。ヴェルダンの霜枯れそめたいら草のかげにすっかり埋められた口金のところだけを金色の小さい指環のように見せていて、あるおそい午後の西日に光り、思わず片膝をついてそこに指先をふれた伸子に、生きたい、とささやいて告げた銃口だった。
 ソヴェトのそとの国から、伸子の心と体とのなかに
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