ェ入って来たらば、と当惑気味になった。
「わたし帰りますから」
と云った。
「いや」
 ドアのところまで出て行った山上元は、そのままテーブルへ戻って来た。
「もう十五分ばかりいてもかまわない」
 週刊で出されていた日本平民新聞は、一年つづいて、一九〇五年一月に廃刊されていた。最終号は赤刷りで出されているのだった。
 伸子は、はじめ考えていたよりもずっと長い時間この室にとどまっていたことを、心ないことだったと思った。
「どうもありがとうございました。めずらしいものが拝見できて――」
 もう、もとの隅っこへかえって納まろうとはせず、伸子はそろそろ帰り仕度しながらきいた。
「平民新聞には、女のひとで参加していたかたがあったんでしょうか」
「事務の方には女もいた、編輯にはなかったね」
 山上元は、自分も立ったまま、伸子が外套をきるのを、年よりの三白の眼で見守った。
「文学の方ではどうかね、日本にも少しは見どころのある女が出るようになって来たかね」
「――『文芸戦線』だの『戦旗』だの、ごらんですか」
「『戦旗』は見ている」
「若いひとはああいうところから出かかっているんじゃないでしょうか」
「うん。そりゃ、そういう道理だ」
 それから十五分たたないうちに、伸子は山上元の室を出た。そして、入口の受付けから旅券をかえしてもらい、トゥウェルスカヤをまっすぐ赤い広場の方へくだって行った。
 ホテル・リュックスから出て、一、二丁の間、伸子は、我知らず亢奮した早足で歩いた。その足どりが、次第にしずまってゆるやかになった。山上元から、伸子は複雑な感銘をうけて出て来たのだった。彼が日本の社会主義運動の長老であるということ。各国のひろい運動の経験で長年鍛えられていること。それにみじんもまがいなかった。彼の理論。動作。どれも世界のものだのに、たとえばローザについて、彼が、あれは素晴らしい女だった、と云うとき、山上元のそのまじりけない褒め言葉にかかわらず、どこかに、若い女である伸子の感覚が抵抗する微妙な明治初期の日本の男があった。山上元の日本語は活溌だけれども、語感は明治のものだった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]における山上元の存在とその周囲の日本の人たち、男のひとたちにとっては、そんなことは問題にもならない仕事があり、生活感情があるわけだった。
 途中から並木道《ブリ※[#濁点付
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