uさつき」に傍点]夫人をなぐさめる集りをしたことがあった。その集りも、内輪にひっそりと、三島しづ子の住居の二階で行われた。さつき[#「さつき」に傍点]夫人は、髪のあげようからしてごくおとなしい中流の主婦のものごしで、その人として生れもって来たものも、大杉栄の妹であるということから、すべてをころし、ありふれた意味で一点非のうちどころない妻であり母であろうとして来たひとの姿だった。さつき[#「さつき」に傍点]夫人の口からは、ひとことも、憲兵の惨虐な行為に対するいかりは洩らされなかった。つましく膝の上に手をかさね、それまでうつむいていた顔をあげて、わたくしも、こんどのことで、もう生きている意味がなくなりました。静かにそう云った。大杉栄と妹のさつき[#「さつき」に傍点]とは別なのだからと云って、夫であるひとは彼女と結婚したのだそうだった。互の理解で幸福な家庭がもてて行くと思った夫婦の考えは、単純すぎたということが段々わからせられた。或る会社につとめて有能な彼女の夫は、栄達の機会が来るごとに、大杉栄の妹を妻にしているということから、もうちょっとのところでその地位をひとに奪われた。結婚してから、三四度、そういうことがくりかえされて来ている。口には何とも云わない夫の心のうちを思うと堪えがたくて、さつき[#「さつき」に傍点]夫人は、幾たびか、身をひこうとした。そのたびに、幼い宗一が母を失うということが夫婦の結びめとなっていた。その宗一までも、大杉栄の甥であるということのために殺された。わたくしがどんなに努力して、まわりの幸福をねがっていても、それは決して許されない運命なんでございます。
 その席にいた伸子の体は、さつき[#「さつき」に傍点]夫人の語る言葉で簀《す》巻きにされるように苦しかった。佃との結婚生活におちつけなくて、三島しづ子の活動的な日常に近づいていた伸子は、一途な思いで、さつき[#「さつき」に傍点]夫人夫婦の考えかたは、被虐的すぎる、と思った。世間並でない事情をもって愛しあって行こうとする夫婦なら、どうしていつまでも世間並の会社づとめやそこでの出世などにかかずらっているのだろう。それこそ、手鍋下げても、いいであろうに、と。しかしさつき[#「さつき」に傍点]夫人にとって、自分さえいなければいいのだ、という考えを変えることは、彼女の全コースをくずすことらしかった。その日の席
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