ニころへ触れたと感じた。五ヵ年計画。社会主義建設。何かしら上へ上へと聳え立って行くような立派さとしてだけうけとられがちだけれども――「風呂」を見ればマヤコフスキーも、そう感じていたにちがいなかった。あるいは、そう感じるべき[#「そう感じるべき」に傍点]だと考えさせられていた[#「考えさせられていた」に傍点]のかもしれないが――社会主義の最も強固で広い基底は夜勤の臨時皿洗いの女が、もしかしたらいくらか病毒におかされている彼女のざらっとした声で云った数語の上にあった。「――ずっとつづけて仕事があるんでね、それが大きいんですよ。並木道《ブリ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール》をぶらつかないでも食べて行けるってことだから。――」
彼女が、伸子にへだてのない|お前よび《トウィカーチ》でパニマーエッシと云ったとき、その響きのなかには、生きてゆくということはどんなことかを知っている女同士としてのいつわりなさがあった。
十
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]生活において、伸子はその力づよい活動の表面にひろくひろがってゆくよりも、底へ底へと自分をひきこんでゆこうとする、はげしい欲求に導かれていた。
やがて二人はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を去るわけだった。その方向に金もつかいはたされつつある。一二ヵ月の先に迫ったことではないにしろ、遠からずモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にいなくなる準備として、素子はほしいと思う本を、順序だててぜひいるものから買い集めている。民芸博物館へ行ったときは、伸子も美しい刺繍の飾手拭やテーブル・センターなどを買った。そんなものを帰国の用意のように買いながら、伸子は半ば自分を信じていない気持なのだった。ほんとに自分はモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]からいなくなるのだろうか。――日本へ帰らなければならない、という必然が、伸子にはっきりしなかった。
素子は、ソヴェトへの旅行を決心したとき、かたわらでぐずついている伸子にかかずらわないで自分の出発の準備をすすめた。伸子はついて来た。
素子は日本へ帰ろうという計画を、伸子がパリにいた間に、きめたようだった。彼女の日常の万事がその方向に進められている。伸子は、やっぱり窮極には素子についてモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]を去
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