uそんな気のない顔をしなくたっていいじゃないか。どうせ自分だってつかうときがあるのに――どっちにも通用するのを見つけなくちゃ」
 吉見素子・佐々伸子。ローマ字綴りで二つの名を書いたとき共通なのはまずエスの字だった。それはロシア文字では|С《エス》だから、それ一つを飾り文字としては淋しすぎるのだった。店員と素子とは、飾文字の様式を集めたカタログをひろげて見ている。銀のスプーンそのものに興味をもてずにいた伸子の気持が、飾文字のデザインにひかれた。鉛筆をとっていろいろ書いてみているうちに、二つの|С《エス》が、一つは大きく、もう一つは小さく、大きい|С《エス》にひっかかって鎖の破片のように組合わされている形を見つけ出した。
「ふーん、これは、愛嬌があっておもしろいや」
 頭文字にはそれを彫りつけることにきまった。一週間たってまた来ることにして伸子たちは店を出た。
「――えらく良心的[#「良心的」に傍点]なんだな」
 ぎこちなく並んで歩いている伸子を素子が眼のよこから見ながら、からかった。
「きみだって、プラーグじゃ、ボヘミヤン・グラスは美しいって灰皿だのリキュールのセットを買ったんだよ」
 いま、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で自分がスプーンを買うのはそれと同じことだと素子はいうつもりなのだった。外国ではそういう買ものもした伸子が、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]だと何かに気をかねている、素子はそこを辛辣に指摘したいらしかった。しかしプラーグで買った僅の品は、伸子のスーツ・ケースには入っていない。素子がしまって、もっている。それについていうよりも、ともかく伸子にとっては、周囲に動いているモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の生活と銀のスプーンを買いこむということ。何かわからないけれども絶えずぼんやりした予感のそよぎのうちにある不確定な自分の未来と銀のスプーン。その連関に、何かつよく錯誤しているものが感じられて、気分がおかしいのだった。

 マヤコフスキーが、ピストルで自殺した。そのニュースが人々をおどろかしたのは、伸子と素子とが銀のスプーンのことから気分をこじらせて、口をきかないで床についた翌《あく》る朝のことである。

        八

 ――わたしの愛の小舟は難破した――
 マヤコフスキーが死ぬときに書きのこした詩のなかに云われて
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