齦Cの牛馬豚などというものは、集団農場化されても自分のところで飼育していていいという規定だった。それを、わずかの鶏まで農場の資産として出さなければならないように宣伝して、農民のやぶれかぶれな気持をそそったのは、程度のちがいこそあれ、二人のお客を「乾草小舎でもてなした」ような者たちの仕業だった。
 自分できり出した話だったのに、オリガは「赤い星」の論文について、特別言葉すくなだった。
「あのひとの田舎のうちって、どういう暮しをしているんだろうな」
 雪の夜道に淋しくアーク燈の光の輪がゆれている。アストージェンカに向って足早に歩いてきながら、素子がひとりごとのように云った。
「あの様子じゃ、貧農じゃないね」
 こんな工合にして、伸子たちにさえ触れて来る深さと鋭さとで「赤い星」の論文はソヴェト全市民の生活感情の隠微な部分へまで浸透して行った。

        六

 クロコディール(鰐《わに》)の漫画の取材が、かわって来た。官僚主義に対する諷刺や、自分の経営に「清掃《チーストカ》」がはじまると決定した翌朝から、人が変ったように下のものに対して愛想よく謙遜になる上級勤人。カールした髪を俄《にわか》に赤いプラトークで包みあげて、カルタだのコニャックの瓶だのをいそいでとりかたづけているその妻などが、新しい哄笑のテーマとなっているほかに、鰐の頁に、テカテカ光る長靴をはいた富農が登場して来た。集団農場加入資格審査委員会というものが、あらゆる村々で組織されていた。資格審査委員会は、村びとたちの財産調査をして、中農、貧農を集団農場加入の資格者とするのだった。審査委員たちが一軒の富農の内庭へやって来た。日ごろ太っているエルフィーモフが、きょうは一層肥えふとって、息づかいもくるしそうにしている。エルフィーモフのかみさんの裾《ユーブカ》が、きょうはまた何とふくらんでいることだろう。気転のきく頓智ものの審査委員の一人が、頬っぺたを赤くして入って来た連中を睨みつけているおかみさんの手をむりやり執って、踊り出した。両手をつかまえられて元気よく円くふりまわされて逃げるに逃げられないかみさんのユーブカの中から、おかしい落しものがはじまった。都会風に、にせ宝石で飾られた婦人用夜会靴。白い毛皮のついた寝室用スリッパの片方。コーカサス細工の女長靴。エルフィーモフの腹のまわりから十ヤールの羅紗地があらわれた
前へ 次へ
全873ページ中733ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング