髏lもいたことをおもしろく思った。「私は『余りにも人工的な、文人的な』という漠然とした印象より外のものを多く持っていなかった」ところが「一九二七年度に著しかったこの『文人』の切迫した羽搏きとその結論としての自殺は」この評論の筆者が相川良之介を見るめを変えさせた。石田重吉は、率直な心をあらわして、私はこの時、此の自殺が私を感傷的にしたのではないかと一応考えてみたと書いている。だが、新しく厳粛に相川良之介を見直したとき、そこには相川良之介が、一生脱ぐことの出来なかった重い鎧を力一杯支えながら、不安に閉された必死の闘いを見せているのだった。過渡時代の影を痛々しく語りつつ相川良之介を襲って来る必然的な結論に慟哭《どうこく》していることが発見されたとして、石田重吉は、相川良之介の生活と文学とがもっていた矛盾の諸相を追究しているのだった。
 フリーチェの言葉が、今私の前にある、と書いているところや、明瞭に資本主義社会とそのインテリゲンチアの矛盾として相川良之介の悲劇にとりくんでいるところをみれば、この評論の筆者である石田重吉という青年は――伸子は好奇心から、何心なく論文の終りをめくって、そこにのっている、あまりゆたかな生活ではなさそうな、カラーなしの制服姿の筆者の写真を見、私は自分のことについて多くを語りたくない、と結ばれている簡単な東大経済学部在学中という経歴をよんだのだったが――プロレタリア文学運動について無縁だとは思われなかった。けれども、この相川良之介についての評論は、伸子が最近の二三年の間によんだ、どの文芸評論ともちがった趣をたたえていた。若々しい真摯《しんし》さでひた押しに構成されている推論とともに情感を惜しまず、率直に人生と文学に関する自分の思いの一部をもこめて語っている文章からは、精神の強靱さと、そういう精神のもっているつやも閃き出ている。石田重吉という青年が、評論の強固な論理のおしすすめのうちに自身の若々しさを流露させていることは、伸子に珍しかった。
 伸子は、その評論につりこまれた。文明社へかく手紙のことを暫く忘れた。
「――ぶこ!」
「え?」
「なにしてる」
「――うん」
 素子が、しばらくすると立って来て、伸子のデスクをのぞきこんだ。
「何だ! 手紙、書いてたんじゃないのか。いやにひっそりしているから、蜂谷君へラヴ・レターでも書いてるのかと思った」
 伸
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