ネ仕事部屋へひっぱりこんでいることが気づかわれるようでさえある。
みんなでサロン・ドオトンヌを観に行ったとき、パリで亡くなった磯崎恭介の「花」や須美子の「花」の絵は、亀田たちの格別の注意をひかなかった。――というよりも、ひろいパリという都の中でたたかわれている生の間では、磯崎という一日本人画家の運命について、それが巨匠的[#「巨匠的」に傍点]に成功していない限り、嫉妬も同情も刺戟するものではないらしかった。
中指の尖《さき》にはめた西洋指ぬきに針を当て、かたい婦人帽の生地を縫いつけながら、亀田の細君は、
「わたしにはね、ひとつ大願がありますのよ」と云った。
「お笑いなさらなけりゃ、云いましょうか。どうかして、わたしは亀田をイタリーへやりたいんです、そして、思いっきり才能をのばさせてやりたいわ」
あらまし形のつきはじめた帽子を左手にかぶせて、それを自分からすこしはなして亀田の細君は、注意ぶかくしらべた。
「伸子さん、あなたなら云って下さるわね、亀田の絵、どれも暗いでしょう」
「暗いって云えるかしら――地味なのじゃなくて?」
「――どっちみち沈んでいるでしょう?」
伸子は、そういうところに亀田のじたばたしない人柄を感じているのだった。
「亀田のようなたちの絵はね、どこへ出しても損なのよ」
経験による確信と心配とのある内助者の調子で、彼女は云うのだった。
「わたしたち貧乏でしょう、だから亀田の絵もああいう風にくすんだ色ばかりつかうんじゃないかと思うわ――マチスの生活なんて、すばらしいもんですってねえ。佐賀多さんなんかも、いまめきめきうり出していらっしゃる最中だから、相当派手にやっていらっしゃるんですって」
カリエールは? モジリアニは? あの人々のところにあるのは何だろう? デュト街のよごれた壁の色をみたとき、伸子は、ああここにカリエールの色があると感じた。寂しいセピアと白いチョークのような光の消えた白さ。そこにパリの貧しい人々の人生の思いが語られている。「モンパルノ」というモジリアニを主人公とした小説がよまれているころであった。モジリアニの素晴らしい才能を独占するために――あとで価の出ることを見とおした画商が、彼の生活の破綻につけこんで、紙屑同然のはした金を与えては、モジリアニから制作をまきあげていた。モジリアニの生涯のいつ、うり出した[#「うり出した」に傍
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