燗レ着せず演壇に近いベンチにかけていた。
 人々は、次々に立って演説した。ほんとに工場から来た労働者らしい若者。職長ぐらいな年配と恰幅《かっぷく》の労働者。組合事務所の役員らしいカラーにネクタイをした男。なかに、黒いボヘミヤン・ネクタイをふっさり下げた長髪の男さえ混った。みんなフランス語の演説だった。伸子のために蜂谷がかいつまんでつたえる演説の主旨は、どれも同じファシズムへの抗議とポーランドの人民の自由のためのアッピールであった。が、やがて、伸子は、一つの興味ある事実を演説者たちの上に見出した。伸子に言葉そのものがよくわからないということが逆に作用して、演説者の身ぶり、会衆へアッピールする表情などの一つ一つを注意ぶかく見ているうちに、いま演壇で話しているのは、どんな傾向のもち主か、あらましが推察されるようになった。発言は注意ぶかく整理されているらしくて、演壇をみつめている伸子の特別な関心をひく、無駄のない|身振り《ジェスチュア》で、理性的に話す演説者は三、四人の間に一人ぐらいの割ではさまれていた。
 開会前の物々しい警戒の雰囲気にかかわらず、集会はことなく終った。最後に、全会衆が起立してインターナショナルを合唱した。背の小さい伸子の体をつつんで、倉庫めいた会場に歌声が満ちた。この間の朝早いメトロの中で、「リュマニテ」の白い波が伸子をそのインクの匂う波の下にかくしたように。伸子は、ロシア語で歌にあわせた。フランス語もロシア語も、ああインターナショナル、というひとふしのなかではすべてが一つの高まるメロディーのうちにとけあって、歌い終ったとき、伸子のとなりにいた五十がらみの労働者が、
「|非常にいいです《トレ・ビアン》」
 きつく伸子の手を握って、ふった。
 そのようにしてインターナショナルが歌われた間、蜂谷良作は、まじめに口をつぐんだまま立っていた。蜂谷はインターナショナルの歌を知っていないのだった。知らない歌は、うたわずに起立している。そこにうそもなく、彼として不自然な態度でもなかった。しかしある程度の危険をおかして今夜この寂しい場所に集っている会衆の高揚した共感が歌声となって溢れているときに、ひとり口をむすんで重く立っている蜂谷のありかたは、腕と腕とがふれ合うほど身近に立っているだけよけいに、いつも蜂谷と自分とについて伸子が感じている奇妙な感じを、きわ立たせた――蜂
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