轤煬}えなどうけなかった。まだ早いかな、と白い猿の腕にかけておいた時計を見ながら考え考え出かけて来たのだった。
「いやですわ、伸子さんたら!」
 短い刈りあげにしているおかっぱの頭を愛嬌よくかしげて亀田の細君は笑った。
「フランシーヌのおことづてで、お約束の時間よりも早くは来られないっておっしゃったじゃない?」
「わたしが?」
 あんまり思いがけなくて、伸子は茶の冬外套を着ている自分の胸のところをおさえた。
「しらないことよ」
 格子縞の毛布のひろげられている長椅子にねころがっていた柴垣が、
「じゃ、例のて[#「て」に傍点]だ」
 パイプの灰をはたきおとしながら、塩から声で云った。
「彼女はこのごろ、何かのイマージュにつかれているらしいよ。僕も経験ずみだが――イマージュが答えさせるんだ」
「いやだ――どういうことなの?」
「いいさ、いいさ」
 良人である画家の亀田が細君をおちつかせるように彼女の肩をたたきながらあっさり云った。
「きみが行ったことはたしかなんだし、伸子さんも早く見えたんだから、それでもういいさ」
 細君の好奇心は消えないで、伸子とつれだって電車の停留場へ行く道、彼女は低めた声できいた。
「ね、伸子さん、教えて下さってもよくはない? わたし気味がわるいわ、イマージュなんて……」
「わたしにもよくわからないんだけれど、蜂谷さんがベルネのところにいらしたときは柴垣さんや皆さん、ちょくちょくあすこへ遊びにいらしてたんじゃないの?」
「ええ、宅もフランシーヌを描いたりしていましたわ」
「わたしが社交的でないからフランシーヌ淋しいんでしょう……」
 細君は、ちょっと考えるようにして、
「ああ、ね。若い娘さんとしてはそうかもしれないわね」
 そのまま数歩行って、彼女は急に、
「だって、あの娘さん、まだ子供じゃありませんか、柄こそ大きいけれど……こっちのひと、早熟だわ」
 抗議をふくんで、体にあわせては太いような声を出した。それで伸子は感じるのだった。柴垣や亀田たちは、もしかしたら細君をつれてよりもより度々、男たちだけでフランシーヌを訪問したこともあったのだろうと。
 フランシーヌの小さい細工を蜂谷良作は不快がった。
「ああいう陰性でしめっぽい娘は、にがてだ。困るな、どうも。――混乱ばかりおこって」
 ひとくみの男女の感覚の嵐が彼女の身ぢかいところでそよいでいるとき
前へ 次へ
全873ページ中681ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング