Xされることもあり得るんだろう、と思ってね」
ほほ笑みとも云えないしわが、柴垣の口辺によった。このごろ蜂谷良作とばかり歩いている伸子への感想が、総括してそこに意味されているのだった。
「おめにかかってよかったわね」
強いて何も説明しないが、誤解をのぞんでいない者の表情で伸子が云った。
「どなたとでも、お約束はお約束よ」
「いや、それで僕もさっぱりしましたよ」
伸子はベルネの家の方へ柴垣は郵便局のある電車通りを先へ、わかれた。
その|秋の展覧会《サロン・ドオトンヌ》には、パリで客死した磯崎恭介の作品と遺骨をつれて日本へ帰って行った須美子の作品が入選している。ほかに、石井柏亭の「果樹園」が二科から特別出品されて注目をひいていた。アマンジャンのシャボン箱の絵のようにただきれいな翡翠《ひすい》色と瑠璃《るり》色の効果を重ねた婦人像と同じ壁の一方にかけられて「果樹園」は現代古典のおもむきを示した。日本の展覧会場でその絵を見たとき、伸子は「果樹園」の画面に線がこれほど特色のある役割をもっているとは心づかなかった。サロンの出品画が多くが、気がきいて警抜な色の効果、コムポジシォンなどばかりを目ざしているので、「果樹園」の正統派のつまらなさが面白かった。そのころパリに滞在していた日本のある漫画家も、支那靴をはいた足で鬼を踏まえている鍾馗《しょうき》の大幅絹本を出品したりもしている。その墨絵は伸子に五月節句の贈りもののようにしか見えなかった。
もう一度、みんなで観ておこうという話がクラマールに住む日本の人々の間にきまった。
その午後、伸子は早すぎると思ったが、定刻より三十分も早く、物置の二階をアトリエにしている画家の亀田夫妻のところへ行った。蜂谷良作も来るはずだった。それで伸子も早めに来たと思われはしまいか。伸子はめずらしくすこし気をひけてアトリエをあけたら、意外にも、そこには一座の顔ぶれがそろっていたのだった。
「みなさん、たいへんお早かったのね」
「ええ。ですから、お迎えにあがったんですわ」
絹の外出着の上からはでな色模様のゴム製エプロンをかけた亀田の細君が若々しくさえずるような調子で料理兼用のストーヴのわきから伸子に云った。
「おもったより、早くいらっしゃれてよかったわ、ねえ、あなた」
「うん」
むかえに行ったって――誰が、誰を、迎えに行ったのだろう――伸子は誰か
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