lで御飯でもたべたいところなんだがな、と。――残念そうな野沢の声には、ひとりきりで臥ていなければならない彼の、単調さにあきた響があるようだった。立ちかけていた伸子は、その感じにひかれた。ちょっと足をとめて思案していた伸子は、わきの蜂谷に、
「蜂谷さん、あしたの夕方、お忙しい?」
ときいた。
「いいや」
「じゃあ、こうしてはどうかしら」
 三人で輪になって協議するという風に伸子が提案した。
「野沢さんは動いちゃいけないんだから、わたしたちで動いて来ましょうよ、その案はどう? そして三人で、お誕生祝のおかゆをたべましょうよ、わたしがここでこしらえるわ」
「誕生祝のおかゆっていうのは――風変りな思いつきだな。しかし御迷惑をかけちゃいけない」
「平気だわ」
 伸子は、
「ね、蜂谷さん」
 あいまいに立っている蜂谷にたしかめた。
「そうしましょう、ね」
 次の日の四時半に伸子がクラマールの停留場に近い蜂谷のところへよって、それから来る約束になった。
 鍋とくみ合わせになっているアルコール・ランプ。小さいコーヒーわかし、日本の茶、海苔《のり》などというものを二つの包みにこしらえて、伸子は約束の時間に、マダム・ベルネの家を出て、サン・トアンの蜂谷の室へよった。すると宿の女主人である画家の未亡人が、黒繻子の大前掛をかけた姿で、いぶかしそうに伸子を出迎えた。
「ムシュウ・アチヤは、たった今、出かけましたよ」
 伸子は、腕時計を見た。四時半という約束の時間には、まだ五分もあった。早かったとしても、伸子はおくれて来ているのではなかったのに。――
 蜂谷の下宿はクラマールの山の手にあたる住宅区域のだらだら坂を下りきったところに在って、電車の停留場まで、二三分の距離だった。伸子は短いその距離を、いそがず、一人で歩いて行った。伸子の時計がおくれていたのかもしれない。だけれども、三分や五分おくれたと云って、彼のところへよると約束している伸子をおいてきぼりにして、蜂谷良作が先へ出かけてしまった意味が、伸子にのみこめなかった。伸子は野沢義二の住所をはっきり知っていない。そのことは蜂谷によくわかっている。もしきょう病気をしている野沢の誕生日のために、おかゆをこしらえてみんなでたべようなどと興じている伸子に彼が不同意なら、あっさりぬけていいのだ。伸子はとめはしないのに。――待ち合わせる約束をしておきなが
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