求sフォルトチカ》のついた二重窓に向って、あちら向きに机についている素子の後姿がある。伸子は首を曲げまげ、素子の特徴である撫で肩の工合が、そっくりのように描いた。そのぐるりの、ふち飾りのようにして、いろんなものを描いた。クレムリンの城壁とその城壁の上空にひるがえっている赤旗。素子がパリにいたころ、ヴォージラールのホテル・ガリックの七階の暑い部屋のテラスから二人で見晴したパリの屋根屋根。そこに林立している無数のパリ独特の細い煙突。はるかなエッフェル塔と、それに加えて伸子は、もらった小切手で買おうと思っているマチスの素描集の表紙の絵をかき添えた。そして、地図の丸い目玉をかいてヴェルサイユ門と註したところから、おもちゃの電車が走ってクラマールへついたところに、ベルネのお婆さんのふくらんだ大前掛の姿が現れ、でこぼこの大きい西洋梨があり、「資本論」がある。それらは、伸子がこれまで書いているたよりの中で、みんな素子に知られているはずのものばかりだった。
 弱い、不確なペンの線で、次から次へとそんなものを描いているとき、伸子の心は涙ぐんで、最初の九十九円七十五銭を自分にくれた吉見素子のこころもちと、絶えずいかめしく、娘である自分を警戒している母の多計代のモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]での仕うちとを、思いくらべたのだった。
「ですからね、わたしは、きょうの八百五十六フランは特別大切に使うの」
「ふーん。きみたちの間には、そういうこころもちがあるのか」
 蜂谷良作は、
「吉見君にも、あれでなかなかいいところがあるんだな」
 むしろ感慨ふかそうに云った。
「そうでなくて、どうしてこんなに長い間暮して来られるもんですか」
「そういうわけだな。――そりゃ、たしかにそうだ」
 深く会得するように、蜂谷良作はうなずいた。素子が、あれで、思いもよらないとき急におこり出したり、おこると、そのおこりかたがひどくて、妙にぐらん[#「ぐらん」に傍点]と居直るような切ないところさえないなら……。たとえ、こういう小切手をもらい、それを心からうれしいと思っても、そういうときの素子に、伸子がついて行けないことに変りはなかった。そのついて行けなさは、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]生活の間に伸子の側で強くなって来ている。あいてが誰であるにしろ、ひとからおどかされて泣いたりするような自分、
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