Xからうすよごれた白髪のように垂れ下っていた。あんなに云いはやされて来て、アメリカ人自身本当だと思いこんでいたアメリカばかりは不景気しらずの「永遠の繁栄」。それは、十月二十九日というきのうの一日のうちに、うちくだかれた。ウォール街《ストリート》の暴落――けわしい高層建築の谷間を、山高帽をかぶってせかせか歩く人波でうずめられているウォール街《ストリート》をおそったであろうとめどのない混乱の想像は、伸子に血の気を失った人々のパニックの絵図を思いやらせた。
目を見開いたまま、伸子は、やっぱり正しかった、と思った。「アメリカの好景気は一九三〇年を包括しないだろう」ヴァルガの言葉は的中した。緊張した伸子の瞳のなかに焔がもえた。「アメリカの好景気は一九三〇年を包括しないだろう」この見とおしは事実によって示された。七月のコミンターンの第十回執行委員会総会でブハーリンの「組織された資本主義の安定」論が欺瞞であるとして痛烈に批判されたのは、正当であったということが、感動をもって伸子の心をしめつけた。ブハーリンの理論をもつ人々はアメリカの共産党の中にもドイツの共産党の中にもいた。彼らは組織の圧力でブハーリンを支持し、コミンターンとコミンターンの批判を承認する同志たちを誹謗《ひぼう》し、フランスの党におこっているようにうりわたしさえやっていたのだった。しかし、世界の前に現実は示された。経済について、政治について初歩の理解しかもっていない伸子にさえも、ブハーリン派の誤謬は偶然なものではないと指摘された意味がわかるようだった。
晴れた秋の朝の庭にいる伸子の心の前を、いくつもの情景が重なって通りすぎた。夏の日曜日、朝日に照らされるセント・ピーター寺院の正面大階段には、その一段ごとにロンドンの失業者が鈴なりだった。血のメーデーにベルリンの労働者が射殺された。その記念の白い大きい輪じるしのついていたベルリンの広場。ワルシャワのメーデー。雨あがりの薄ら寒く濡れた公園の裏通り。ピストルのようだった一発の音。伸子と素子とが逃げこんだカフェーのショウ・ウィンドウのガラスに押しつけられて、変に薄べったく血の気を失って見えた無帽の若い男の横顔。――情景は次から次へゆっくりと伸子の心の前を過ぎた。そのようにしてゆっくり過ぎて行きながら、そのひとこま、ひとこまが、それらの光景から伸子のうけとった感銘、伸子の抱
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