J良作が、シーツ類を包んだ重い紙包みをあずかった。野沢義二とはペレール広場で、蜂谷良作とは、デュト街へ曲るヴォージラールの角でわかれて、伸子は、磯崎須美子の住居へ行った。もう門口にタクシーが待っていた。下宿のマダムが、白ずくめのなりをした、ひよわそうな小さい子供を抱き、毛皮のハーフ・コートの下に明るい灰色の服をつけた須美子が、両方の手に一つずつ、伸子と一緒にプランタンで買った茶色の真新しい鞄を下げて、タクシーにのった。須美子のスーツ・ケース二つをあずかっている青年は、磯崎の葬式の折も内輪にはいって須美子の介添えをしていた人であった。
 国際列車が出発する北停車場のプラットフォームは閑散で、気の利いた旅行具を手押車につんで運んでゆく赤帽が目立っているくらいだった。国内旅行者のためのリオン停車場では、パリ市民の日常に溢れている生活のこみあいがそのままそこにあった。マルセーユ行の夜行列車の明るい車内で立ったり動いたりしている人影は、伸子が親たちの出迎えに立った五月末の夜のとおりに賑やかだった。
 須美子は、三年前、恭介と一緒にホノルルからフランスへ来てこのリオン停車場におりた。今夜、一人のこった赤坊をつれて、一方の腕に恭介を、もう一つの腕に子供のはいっている鞄を下げて、日本へ向って立って行こうとしている。須美子の姿は、それが車室の棚に鞄をおいているときも、それがすんでプラットフォームにおりたときも、一人の悲しみに耐えているいたましさで伸子を落付かせなかった。先刻、北停車場から立って行った佐々の人々は、つや子までをこめて、何とそれぞれに人生への要求の多い人々だったろう。彼らは、その要求の一つを行動するかのようにパリから出発して行った。伸子が、パリにのこるということで伸子としての要求をあらわしているように。
 須美子が、ね、というように車室の荷物棚の上におかれた二つの茶色鞄を目でさして、
「船では、ごくあたりまえの手荷物のようにして来てくれということですの。――喪服もおこまりなんですって」
 しずかにそう云って、須美子がおかっぱの濃い前髪と美しい調和をもっている銀灰色の絹服に目をおとしたとき、伸子は、うちのものを送ったあとの心もちと須美子への同情とでみだれる感情を抑えきれなくなった。
「ね、須美子さん、わたし何だか、あなたをこのまんま一人で立たせられない」
 須美子の手をとっ
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