ェサロン・ドオトンヌに入選した。そのことがけさわかった。同時に、須美子の作品も入選していることがしらされたのだった。
「わたし、磯崎が描いたお古の花を窓ぎわにおいて、描いてみただけだったんですのに……こんどはめずらしく磯崎がしきりにすすめて、自分でもって行ってくれましたの」
だまっていようとしてもつい須美子の話題はそこにたちかえるという風だった。
「どうしてだったんでしょう。わたし、あの花を描いていたとき、ちょくちょく、ホノルルのころを思い出しましたわ」
須美子は、いつだったか伸子に、ホノルルの一ヵ月が生涯で一番幸福なときだったのかもしれないと云ったことがあった。恭介と自分が偶然に同じ花を描き、それが最後となった恭介の仕事とともに自分も入選したことを、須美子はただ偶然と思えないらしかった。
「磯崎も、これでいくらかくにの御両親におめにかけるものができましたわ」
こんな風で、その日はなお更、ペレールへ来ているのが須美子ひとりではないようで、伸子は心をくばって、しんみりしたまどいの主人役であろうとねがっていた。
湯あがりで、大きい目の上にきりそろえた厚い前髪が、一層黒く輝いている須美子をかこんで緑茶をのんでいるときだった。玄関のベルが、短く、力のはいった響きかたでリ・リ・リと鳴った。伸子は、おや、と耳を立てた。泰造のベルのならしかたそっくりだった。
つづいて、
「オ、ラ、ラ! ムシュウ、エ、マダーム!」
賑やかなマダム・ルセールの歓迎の声がおこった。
「ちょっと失礼、ね」
やっぱり父と母とだった。多計代は伸子の顔を見ると、
「お客さまかい?」
そう云いながら、持っていた例のコバルト色の旅行用バッグをわたした。
「つや子さん来ておくれ」
多計代は、客室の外の廊下を素通りして寝室へ行った。泰造は、客間で須美子にあいさつし、寝室と食堂の間を、落付かなそうに出入りしている。
「わたし、お暇《いとま》いたしますわ、お加減がわるくてお帰りになったんでしょう?」
「まあ、もうちょっとそうやっていて」
多計代もこの調子では夕飯のために外出はできまいから、いっそ、みんなうちで、日本弁当をとどけさせてすませるのも一つの方法だと伸子は思いついた。デュトの家の食事ばかりしている須美子に、日本風のさしみでも御馳走したいと計画していたのだった。
伸子は泰造に相談してみた。
「
前へ
次へ
全873ページ中606ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング