黷ト出て来るだろうか、と。
 マクドナルドの労働党内閣は、伸子がロンドンについて間もない八月二十二日に、ランカシアの紡績労働者の大ストライキを、一二パーセントの賃銀値下げで、一ヵ月目に鎮圧した。一九二九年になってからイギリスの炭坑労働者の合理化はひどくて、一六パーセント減った労働者数で、前年よりも一三〇〇万トンよけいに採掘している状態だった。賃銀は一交替九シリング六ペンスから九シリング一ペンス半に下げられた。こういう合理化と賃下げ、失業に反対する左翼は少数者運動と云われ、第三インターナショナルの影響のもとに行動しているといつも非難されているのだった。
 ある日、伸子はペンネン通りにある一つの労働大学へ行って見た。十三番地のそこでは、「売家」と大きな広告の出ている露台のところで、二人の労働者が労働大学の看板を太い繩で歩道へつりおろしている最中だった。残務整理のために一、二脚の椅子と一つのテーブルだけをのこしてとりかたづけられた受付のところで、太ってたれた頬にそばかすのある五十がらみの男が、気落ちのした顔で伸子に閉鎖するわけを説明した。御承知のような現状で、炭坑労働者組合は三十人前後のものを教育するために年に三四千ポンドの負担にたえなくなったんです。このごろでは、ここで教育されたものがかえって政府や資本家の利益のために逆用されている。それでは労働大学をもってゆく意味がない。従って閉鎖することに決定されたんです。
 伸子は、セットルメントの仕事で世界に知られているトインビー・ホールを訪問して、そこの労働者大学の課目を帳面に写してもっていた。夏のつたが青々とした大きい葉をからましている由緒のふるい掲示板には、九月末からはじまる新学期の課目がはり出されていた。経済、文学、歴史、英・仏・独語。劇。雄弁術、音楽、美術、民族舞踊、応急看護法。一科目五シリング、と。
 この科目のどこに、労働者が自分たちの階級の意義を自覚するために必要な勉強がふくまれているだろう。トインビー・ホールの内部を参観して帰りぎわに、もう一遍掲示板を眺めたとき、伸子の不同意は反撥にまで高められた。トインビー・ホールでは、労働者学生の食堂は天井の低い、窓が床に近いところに切られている薄暗い中二階のなかだった。うす暗い中に、むき出しの木のテーブルとベンチがあって、錫《ティン》の茶のみコップがずらりと並んでいた。ど
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