ニ伏目になって何気なく云う小枝の瞼と口元にあらわれた微妙なかげが、伸子の目をとらえた。素子もそれに気がついた。
「しかしまあ小枝さんは当分安心していいでしょう、和一郎さんが離れまいからね。ここじゃ留守にフランス人のお客に来られるっていう心配もないだろう」
和一郎は、機嫌のいいときの彼一流の、さざなみがひろがってゆくような軟かい微笑を顔の上に浮べて、素子の言葉にゆっくり、
「まあ、そうですね」
とあいづちをうった。
その表情を眺めていて伸子は、近ごろの和一郎というものがわかったように感じた。和一郎は両親から解放されているばかりでない。どっちかと云えばかたくるしい弟であった保から、何かにつけてうけていた圧迫からも自由になったのだと。そして、彼らしい緻密さで、彼にとってはゆるやかにすぎてゆく生のたのしみを味っているのだ、と。その晩、和一郎の口からは一度も彼の専門にふれた話や社会的な事件にふれた話は出なかった。
十
伸子と素子とがベルリンで観そこなったピスカトールと有名な悲劇[#「悲劇」に傍点]女優であるその妻の劇団がパリへ来た。そして、労働者地区に近いアヴェニュー・ジャン・ジョレスの小さな劇場でふたをあけた。
ピスカトールはドイツにプロレタリア演劇運動をおこした演出家であり、民衆劇場が進歩性を失いはじめてからは自分の劇場をもって、ドイツの青年民衆演劇運動に働いている。このピスカトールの芝居の第一幕があがったとき、観客席の伸子は思いがけない親しみと同時におどろきを感じた。というのは、そこがまるでモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ででもあるかのように、先ず中央にかけられている大きなレーニンの像が目にはいったからだった。その右に竪琴と橄欖《かんらん》の葉で飾られたI・S・Rという三つの赤い頭文字があり、左に、C・G・T・Uと四つの頭文字が同じ竪琴とローレルに飾られてある。その下に人形芝居《ギニョール》の舞台ぐらいの大きさの舞台ができていて、上手にテラスと半分観客からかくれてその入口の階段が見える。そこの白い壁の上に、折々往来の人どおりを思わせる人の脚の影だの物かげが動いて、ごくあっさり普通のなりをした俳優は、楽に、小舞台からはみ出て、その下のテーブルのところで小鏡を片手にもって髭を剃ったり、女が縫いものをしたりする。背景は海だった。ただ白い
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