オて? お母さまも和一郎も、感情的にひっかかってごたついてばかりいたってはじまらないから、わたしは、実務的なことは実務的に片づけた方がいいでしょうと云っているだけだのに」
泰造は、ひとことも口を利かずアーム・チェアにもたれて腕組みをしている一方の手で、ときどき目立たないように上歯の義歯を動かしている。重苦しい気分のとき泰造のあらわす癖だった。つや子はさっきから、母親と姉とのけわしい話声にはじき出されたように露台にいた。手摺りにもたれて、街燈がマロニエの並木を下の方からてらしている夜の静かなブルヴァールを見下している。日本を立つとき着せられて来たまま、ずっとそれを着ている草色のスカートのたけがつや子には短かすぎて、露台の手摺にもたれこんでつり上ったスカートのうしろと靴下の間から、ちらりとふとったみ[#「み」に傍点]が見えている。それは、いかにも身のまわりをこまやかに見まもってくれる者をもたない、中途半端な年ごろの少女の可哀そうな後姿だった。
つや子のいまの後姿が、パリへ来てまで、家庭のごたつきに浮きつ沈みつ、その場その場の不和や和解で暮している佐々のうちの気分を、まざまざと反映している。伸子はその場の情景の上に字で書きしるされているように、それを感じるのだった。一家でパリへ来て、アパルトマンをかりて、通いの手つだいをつかって暮している。それだけの条件から云えば、それは国際的な中流の上の生活様式だった。けれども、生活気分は、何と、フランスのいわゆる中流家庭の生活感情とちがうだろう。フランスの中流人たちは、社交というものが中流階級の存在のための動脈、共通な利害の結びめであると理解して、伝統的に神経をくばるように鍛えられている。パリの中流層の人たちが、機会をのがさぬ愛嬌と機敏な打算とでブルジョア社会のより太い脈管へ、よりつよい綱へと一家をつなぐために緊張しているのにくらべると、パリでの泰造と多計代、特に多計代の生活気分はレジオン・ド・ノールをつけたどこかの酋長の妻のようにおおまかで、夫婦は、どちらも、佐々|第二世《ジュニア》である若い和一郎夫妻を、パリで開かれている自分たちの交際圏へ引き合わせ、何かと一家の将来のために計っておくというようなせせこましいことはしなかった。パリの生活にあらわれた佐々泰造と多計代の生活の素朴さは、親たちが日本の特権階級の内部にはいりこんで生き
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