照りかえしている趣があった。艶のある彼女の眼や紅がいくらか乾いてついている唇に、呼べばすぐ応えそうな柔軟さが溢れているのであった。
瑛子が椅子にかけている窓際は、大階段をのぼって来たすべての人が、さてという気持で先ず視線をあげるその真正面に当っていた。それだのに瑛子は、そこから誰が、いつ現れて来ても困ることはないという風な全くの公然さで、人目に立つ自分をそこに置いているのであった。
田沢が選び出したドイツ語の心理学の本の代を瑛子が支払った。片隅に小ぢんまりした茶をのませる席がある。二人は、棕梠の葉の陰になっている小卓を挾んで腰かけた。
田沢は、エアシップに火をつけて、さもうまそうに、きつく吸いこんで、ゆっくり烟をふき出した。
「疲れたでしょう?」
「そうでもない」
片手の指に煙草をはさんだなりコーヒーを一口すすって田沢は、
「――考えるとおかしいな」
と、すこし硬ばったような笑いかたをした。
「宏子さんがここへ入って来たらどうだろう」
瑛子はふっと顔をそらして、堅い声で、
「あのひとが来るはずなんかありゃしません」
嫌厭をあらわした眼付を田沢の顔の上へかえした。宏子がここで
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