から見ると彼の睫毛の濃く長いのがわかった。その眼をしばたたきながら黙ってさっきから光井のすることを眺めていた。重吉が深く背中をもたせて長椅子にはまりこんでいるうしろの壁には、ゴー・ストップと赤地に黒の片仮名でフラッシュのような図案にした新しくない広告ビラが貼りつけられているのであった。
 暫くして階段口に数人の跫音がした。単に礼儀からばかりでない気持、当時の学生生活のたしなみとでも云うようなもので、ドアのそとから、ひっそりとしている室内に向って、
「いいかい」
 一応声をかけながら、ゆっくりあけて、この文学研究会の中心となっている「新時代」編輯同人の戸山・横井・吉田などが続いて入って来た。最後に、丁度これらの様々の風貌をもち、同じ大学でも属している科は種々である若い人々の宰領という工合で、やや年かさの、しかし体は誰よりも小さい今中が一番あとから現れた。今中は、
「やあ」
と、うすくよごれた鳥打帽をぬいで、喉まである茶毛ジャケツの上へ着た上着のポケットへしまった。そして蒼白い瘠せがたの顔にかかる髪をはらうように首をふって間近の椅子にかけた。
 今夜の当番になっている戸山が、おとなしく絣の襟をあわせた姿で楕円形テーブルの脚が一本落付きのわるいのを気にしていたが、やがて腕時計をのぞいて云った。
「どうしますか、そろそろはじめましょうか」
 背広を着た横井が、
「まだ四五人は来るんじゃないのかい、もう十分まてよ」
 今中は、こういう周囲にかまわない成人の態度でハトロン紙で上覆いをしたパンフレット型のものを読んでいるのであった。
「失敬、失敬。おくれた」
 重そうな書類入鞄を下げて、山原が入って来た。
「どうした」
 すこしおとした声に親愛の響をもたせながら山原は重吉の顔を見て、その隣りにどっかりと無雑作にかけた。
 あと二人ばかり来て、愈々《いよいよ》会がはじめられた。発行されたばかりの雑誌「新時代」についての意見がもとめられた。文科の伝統をひいている「新思潮」と是とは別のもので、遙に急進的でもあり、熱量をも持っていた。ここへは、従って、文学を専攻科目としてはいないが、めいめいの人生的な、時代的な要求から、新しい芸術の価値を溢れさせて迸り出た文学運動の方向に沿うている連中があつまった。文科のものは独文の戸山、英文の横井、光井ぐらいであった。農科に籍のあるものもいた。プラウダ
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