主筆山原は法科である。はっきりプロレタリア文学だけを標榜しているのではない雑誌の性質から、詩や小説には時折、同じ雑誌にのっている論文などと比べると全く方向も趣味も逆なようなものがのせられることがあった。
 山原が、
「議長」
と声をかけ、つづけてずばずばした調子で、
「『都会の顔と機械』って詩は、ありゃどういうんかね。左翼的キュービスムとでも云うのかしらんが、妙だぞ」
と云った。皆が笑った。編輯をやった戸山がばつの悪そうな顔をしながら、
「異見があったんですが、ましな仕事もするんです」
と云った。横井が、
「先々月の、『文学の行く手』って云う評論よんだか」
と云った。
「同じ人間なんだ――妙だろう?」
 山原は、意外だと云う表情で、
「へえ」
と声をひっぱった。
「そういうことがあるもんかね。あれでは、よく覚えていないが、文学の方向をインテリゲンツィアの方向と一緒に、はっきり云っていたんじゃなかったか」
「文学趣味というものが分裂して、旧い内容のまんまでのこっているんだね」
 そう云ったのは吉田であった。同じ号の小説の批評も出た。ひととおり話がすすんでから、今中が蒼白い顔にちらりと白く波の裏が光るような笑を閃めかせた口元の表情で、ちょっと片手をあげて司会者に合図を送り、
「細部についての意見は、これまで討論で大体云いつくされたと思うんです。僕の考えでは、『新時代』はだんだんもっと計画的にナップの論説や大原の提案を解説する任務があると思うんです。全体をその方向にひっぱって行けば、投稿も整理されて来ると思う」
 いかにも背後に何かの力をもっている外部の先輩として結論を与えると云うように云い終った今中は、黒い小さい彼特別な光りをもつ眼を動かして皆を見渡した。
 文学における大衆化の問題が全般的にとりあげられている時代であった。広くもない窓のしまったまがい洋室の内には、煙草のけむが濛々である。烟は濃くて、人々の頭のところで渦巻き、天井でおさえられ、例の時代おくれの電燈の笠のうす赤いふちをぼんやりと浮べている有様である。作品の大衆化と面白さということが問題になり、戸山が、真面目に、しかし、どこか講壇風に、
「新しい意味での面白さというものは文学の芸術的価値と一致しなければならないと云う大原君の見解は全く正しいと思うんです」
と云った。すると、山原が両膝をひろく割って低い長椅子
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