課題そのものの枠内で、その壁の内側を手のひらでさわってぐるぐる廻っているような状態におかれたでしょう。一作毎にそこから脱皮してゆく足どりをしめさず、むしろ書きすぎたのは何故でしょう。もちろんそれはこの作家の生長過程で書ききる必然があったでしょう。しかし一方に、ジャーナリズムの要求がその作家の経済的必要に答えるということもありましょう。乱作で作家は生長しないのだから。そしてそれを理解しないこの作家ではないのだから。これは失礼な引例かもしれませんが、この作家の発展に期待することが大きいだけ私たち一般の市民的経済状態の悪さと、ジャーナリズムの商業主義――これも要するにインフレーションの結果だけれど――をしみじみ思うのです。私たち自身を、民主主義作家としてはっきりブルジョア文学者と区別した全存在において理解し、新日本文学会の運動をブルジョア文壇のしきたりから解放されたまるで違った人民の文学建設のための統一的な運動としてつかんだ時、文学者生活と人民生活とのブルジョア文学にあらわれたような離反においては考えられないと思います。だから我々がもし「人民の中へ」というならば、それは作家自身の人民的立場に
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