がけをした電信工夫が新しい電柱を立てようとしている作業が目を掠める。
窓外の景色がすこし活々して来るにつれ、赤いジャケツの娘の子は退屈がまして来るらしく益々父親の膝に体ごとまつわりついて、赤いほッぺたをふくらし、つぎのあたったゴム長の足をくねらせ、じぶくっている。満鉄員との話に気をいれている父親は、さっきから、殆ど機械的に一銭玉をいくつか出してはじぶくる娘に握らしていたのであったが、女の児は体をグニャグニャさせるはずみに、手がゆるんでジャリと銭を床の上にばらまいてしまった。父親は、
「ホラ、まひとつ。そっちにあるよ」
と女の児が尻を立てた危げな恰好で、水にぬれ蜜柑の皮も落ちている穢い三等車の床の上に一銭玉を拾って歩くのをさし図し、
「ホーレ、見な、ここさ落すと取れないよ」床についた痰壺の穴へ指さして教えている。
一つの駅で、野天プラットフォームの砂利を黒靴で弾きとばしながらどっと女学生達が乗込んで来た。いかにも学年試験で亢奮しているらしく、争って場席をとりながら甲高な大きな声で喋り、
「アラア、だって岡崎先生がそう云ってたよ、金曜日だってよ」
「豊ちゃん! と、よ、ちゃんてば! 飯
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