い。私は、六つばかりの赤いジャケツを着た女の子をつれた男が、本気な好奇心を動かされた表情でいろいろと満鉄のことを訊きたがっている様子に、注意をひかれた。水道局か何かに勤め、目下のところ月給はとっているが、決して現在の境遇に安心してはいられない。落付きの中に不安のこもったそういう一家の主人の気配りが紺足袋でネクタイをつけた温厚な男の質問の口調に現れているのである。
「あっちの景気はどうです?」
膝にまつわりつく娘の子の肩に片手をかけつつ、目はカーキ色の顔に向けて訊いている。
「満州国へ入っちゃ大したことはありません。マアすこし勝手がきくぐらいのもんですね」
二人の間にはそれから満鉄傭人のこまかい等級差別について話がすすんだらしく、カーキ色が、
「二円、三円と一つずつ上って六円までつくからね」
と云った。
「ふーむ、それが大きいですね」
「結局おんなじこってすよ、どこへ行ったって残るだけくれないからね」
「――まったくだ」
大宮を過ると、東武線の茶色の電車が、走っている汽車に見る見る追いぬかれながら、におのある榛の木の間、田圃のむこうを通った。まだ短い麦畑の霜どけにぬかるみながら、腹
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