ところに一台オープンにした自家用らしい自動車がテイルまで消して止っていて、柔かい桃色の装をした若い女が車の踏段のところに腰かけて涼んでいるのが見えた。わきにすこし離れて、白いシャツを夜目に浮立たせ、パイプを啣《くわ》えた男が立っていて、二人は別に喋るでもなく穏やかな親しさで河風にふかれている。道子につられて、信一も先の棒杭のところに片腰かけるような恰好で休んだ。そして、火のついたままの煙草の吸殼を河の面へ向って放ったりしている。
 夜の水の深い匂いや、聴えるか聴えないに石垣を洗っている潮ざいは、だんだんに道子の神経をなごました。型にはまった男の気持から、弟の妻までを所謂《いわゆる》留守を待つ妻として垂れこめて暮させたがっている信一。しかもその気分に托し絡め合わせて本来なら自分の家庭へ引きとらなければならない筈の老父母の世話までを、体よくこの際弟嫁にまかせられたならばと思いついたりしている兄夫婦のこせついた生きかたを考えると、そういう打算を知らない心で、家族の者に善意だけを向けて考えるしかない境遇におかれている良人の啓三が、道子に一層いとしく思われるのであった。遠い川上の方から両舷とマス
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